第12話 師匠に手紙が来た
師匠の顔が、一瞬だけ変わった。手紙を読んでいるときだった。
◇
二十三日目の昼過ぎだった。
使者が来た。今回は役人でも、あの女性使者でもなかった。若い、ただの運び屋のような男だった。手紙を一通渡して、すぐに帰った。
トネリアは縁側で手紙を読んだ。
アルトは庭で構えたまま、横目で見ていた。
読んでいるあいだ、一瞬だけ顔が変わった。
何が変わったのか、うまく言えなかった。崩れた、というわけではなかった。ただ、いつもより近い何かが出た気がした。一瞬だけ。それからまた、いつものトネリアの顔になった。
手紙を折った。懐に入れた。
「稽古を続けろ」
「見てましたよ」
「知っている」
「手紙、誰からですか」
「稽古を続けろ」
続けた。
◇
夕飯のとき、アルトは聞いた。
「手紙、大事なものでしたか」
「さあ」
「読んでるとき、顔が変わりました」
トネリアは箸を止めた。一拍置いて、窓の外を見た。
「そうか」
「珍しかったです」
「そうか」
「誰からですか」
「関係ない」
「俺には」
「そうだ」
関係ない、という言い方は今日が初めてだった。今までは「さあ」か「続けろ」だった。「関係ない」はいつもと違う言い方だった。
「師匠」
「なんだ」
「返事を書くんですか」
「書く」
「今夜?」
「そうだ」
「……そうですか」
それで夕飯が終わった。
◇
夜、文机に向かうトネリアの気配がした。
アルトは部屋で天井を見ていた。
誰から来たのか。
わからなかった。しかし、顔が変わる相手は限られる。
姉のことを考えた。ソプラノも、誰かに手紙を書くのだろうか。母に。あるいは、別の誰かに。
考えて、やめた。
◇
その夜、トネリアは手紙を書いた。
ウィロウへ。短く書いた。
剣の伸びは早い。間に合うかもしれない。
それだけ書いた。「かもしれない」を「なる」に直そうとして、やめた。まだ断言できなかった。
ウィロウの手紙には、もう一行あった。
ソプラノが、アルトのことを聞いている。どこにいるか、と。元気でいるか、と。
その一行を、何度も読んだ。
返事には書かなかった。蝋燭が揺れた。




