エピローグ
エピローグ
簡素な木造住宅で、クリフの姉、シェリーがひとり座り込んでいた。
しかし記憶と違うのは、彼女には尾と鱗が生えていた。
「やっと来たんだ」
シェリーは気だるげに顔を上げた。
玄関は既に開き、白い鱗の竜人が立っていた。
「随分と待たせたな!さあ停滞の女神よ、至高の闘争を演じようか!!」
彼は上機嫌に叫ぶと、その皮膚が剥がれ始める。
竜人の要素が消え、粒々な筋骨と精悍な顔つきをした雷神、ケテウスの姿が露わになる。
その右手には黒色の雷が帯びていた。
「ちょっと……良い提案があるんだ」
シェリーは気だるげに答える。
彼女にケテウスを殺す力はあった。
しかしもう、どうでも良かった。
勝利は要らない。
きっと闘争の果てによる死は、彼を悦ばせてしまう。
「ほう……?俺の渇きを満たせると?」
ケテウスは目を細め、期待に満ちた声音で考え込む。しかし程なくして、彼は唖然とした。
「まさか……」
ケテウスは顔を青くしてシェリーに飛び掛かる。
それに対して彼女は歯を見せて笑った。
「お前と戦う訳ないでしょ、馬鹿」
そう呟くと、ルナブラムは自身の側頭部に指を当て、停滞の力を自身に向けた。
「よせっ!!」
彼の静止も虚しく、彼女を中心に黒の波動が突き抜けた。
「……精々孤独に苦しめ」
彼女の身体が一瞬で灰となり、彼女の身体が崩れて風に流れた。
「ルナブラムぅっっっ!!!」
ケテウスはその場で崩れ落ち、獣のような怒号を上げた。黄金の髪を引きちぎり、自身の皮膚に爪を立てて掻きむしっていた。
__その光景を、クリフは遠目から見ていた。
「なんだこれ?」
クリフは目を細め、思案する。
「あたしの過去……ううん。前世かな?」
隣に姉が現れる。
「えっ……?」
クリフは頭が真っ白になる。
姉は、かつて自分が竜神だったと口にしたのだ。
「とにかく、夫を殺されたあたしはやる気をなくして、役目を捨てて自害した。それだけだよ」
淡々と話す彼女の顔は暗く、思い出したくもないようだった。
「取り敢えず、クリフの身体はあたしが頑張って点検するから……まあケルスと上手くやって」
シェリー改め、ルナブラムは気だるげに話すと、クリフの身体を突き飛ばした。
家屋の外に追い出されたクリフは、外は地面のない奈落だった事に気付く。
「姉さんっっ!!」
奈落に落ちる最中、手を伸ばす。
そして瞬きをした瞬間、周囲の景色が一変した。
上質な木造造りの見知らぬ部屋に居た。
暖かみのある室内では、暖炉が音を立てて燃えていた。
「何処だここ……それに、姉さんが……竜神?はぁ?」
クリフは頭を悩ませながらもベッドから降り、周囲を見渡す。
だが人影は見当たらなかった。
「……シルヴィアは、どうなった」
酷い頭痛と筋肉痛にうめき、頭を押さえながら部屋の出口に向かう。
ドアノブに手を掛けようとした瞬間、外側から勢い良く扉が開いた。
「クリフっっ!!」
シルヴィアが勢いよく飛び出し、飛び付いて来た。
彼女を軽々と受け止めるも、筋肉の痛みに顔を歪めた。
「夢……じゃないよな。何処だここ」
「ここはヴィリングだよ」
空目し、シルヴィアの発言を頭の中でもう一度復唱した。
「……何があった?」
やはり意味が分からなかった。
アウレアで気絶して、何があったらこうなるのか皆目見当がつかなかった。
だが、ルナブラムの発言と繋がった。
「ケルスさんが私とクリフを国民として引き取るって」
「そいつは……すごいな。何というか、予想外だ。ケルス様はどう言ってた?」
「ううん、起きたら来るって言ってたよ」
胃が締め付けられる感覚を覚える。
気絶前は殺し合い、目覚めれば国家元首との対談だった。
ハード過ぎる。
「心の準備をさせてくれ」
そう言って窓へと向かって進み、景色を眺める。
窓からは、ヴィリングの街並みが一望出来た。
夜が明けた空を、陽の色が鮮やかに染め、温かな色を放つ街灯が、街に並ぶ背の低い木造の家屋や路地を照らしていた。
街はひな壇のようになっており、その最下段には広大な農地が広がっていた。
「まさか、1番のアタリに行けるなんてな」
クリフは思わず笑みをこぼす。
エルフの国に辿り着いても、自分は処刑される可能性が高かったからだ。
「ほんとにね。捕まった時はもうダメかと思った」
シルヴィアはそうこぼしながら、街を眺める。
「そうそう、あれ見てよ」
彼女が指差す先では、凶悪な魔獣たちが、地上を走り、空を飛んで荷物や子供を背負って走っていた。
「あいつら、アウレアじゃ、ヒト食ってるんだけどな……」
クリフは思わず苦笑する。
ヴィリング。ここは、アウレアの首都とは違い、どこか幻想的な雰囲気を持った都市だった。
「……いい街に見えるよ」
言葉を失い、月並みな感想をこぼす。
「そうだろ?みな、俺の子達の努力の賜物だ」
後ろからケルスに声を掛けられる。
二人が振り向くと、ケルスが部屋のドアにもたれ掛かり、腕を組んでいた。
「ようこそ、ヴィリングに」
彼は微笑を浮かべ、片目を閉じた。
___1章「人の国」-完-




