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6話「撤収」


「おお、派手にやってるな」


ケルスは、クリフ達を″見上げて″いた。

彼は雲の上を逆さに立ち、対峙していたフラーテルは銀の鎖によって雁字搦(がんじがら)めにされていた。


「……ケルス!あのお方をどうするつもりですか!!」


フラーテルは鎖を鳴らし、暴れる。


「聞いて説明すると思うか?」


ケルスが脇に抱えていたシルヴィアは、目を回し、気絶していた。


「だがそうだな……クリフには俺たちの王になってもらう」


ケルスはそう言って、雲から飛び上がり、クリフ達が戦う方角へと飛翔した。


「違うっ!!あの方は、私たちの……!!」


フラーテルは大粒の涙を流し、俯いた。


「主なのに……」



ニールの武具は七割が破損。

皇城も大破し、惨憺(さんたん)たる状態になっていた。


「もうネタ切れか!?隊長!!」


戦場跡のように荒れ果てた庭園で、クリフはニールに剣を振り上げる。


〈__磁雷駆動(クァートス)


次の瞬間、ニールに電流が奔り、クリフですら追従出来ない速度で側方に周ってみせた。


「自分を操ったのか__!」


鉄棒がクリフの脇腹に直撃し、衝撃波が生じる。


クリフの身体がボールのように吹き飛び、城壁を貫き、市街地上空へと弾き出される。


「コレならどうだ?」


ニールは三本の剣を並べ、鉄棒で弾き飛ばす。

次の瞬間、オレンジ色の弾体が三つ、城外に飛び出し、クリフを襲う。


「やってやるよ!」


クリフは金色の光、魔力を脚に集中させ、空中を蹴って弾をふたつ躱す。

そして最後の一発は、剣で切り裂いた。

軌道が逸れた弾が雲を貫き、そのシルエットを歪めた。


「市街に出れば補充は効くぞ!!」


武器は勿論、店の看板、農具に(たる)

金属を含む物体が街から浮き上がり、ニールの周囲を巡回する。


それらを一斉に発射し、クリフに迫った。


「小細工を……!!」


クリフはお構い無く走り出し、雑貨を切り落とそうとした時だった。


彼の背を、二つのオレンジの弾体が貫く。

発射の予兆が無かったそれに、クリフは戸惑う。


「いつ撃った!?」


クリフの胴体が千切れ、地上に落ちる。


「Uターンさせたんだよ!大回りだけどな!!」


ニールはクリフに肉薄し、鉄棒を振り上げる。クリフは咄嗟に剣で防ぐも、衝撃波は防げなかった。


城下町へと勢い良く叩き落とされ、クリフの身体は粉々に砕け散る。


「クソ……魔法が使えるからって……」


土埃の中、クリフは肉体を再生させる。

しかし、その過程で鉄棒が額に当たった。


「降参しろよ。何回ミンチになったら死ぬか試すか?」


「上等だ……魔力切れになるまで……」


クリフの肉体が完治し、身体を起こそうとした時だった。

黄金の光は消え、クリフの髪が黒く染まる。


そして彼の視界に、姉が現れる。


「ごめん、魔力切れ。短めって言ったじゃん」


クリフはため息を吐き、ニールは苦笑する。


「魔力切れになったようだな?」


「……そうだな」


クリフは眉を顰め、舌打ちする。


「不問にしてやるから特務部隊に戻れ」


彼は鉄棒をゆっくりと下ろす。


「嫌だね。あんたが一番分かってるだろう?俺は戦場の狂気に馴染めない。相手に同情するんだよ」


クリフの脳裏には、牢屋に押し込められ、虐げられたドワーフの女性の姿がフラッシュバックしていた。


「クリフ」


ニールは優しく名を呼び、胸に鉄棒を押し当てる。その声音には、怒りではなく悲哀が込められていた。


「しつこいぞ隊長」


クリフは右手を前に出し、手のひらを上に向ける。


「俺はもう……生き方を失いたくない」


クリフは脳を落ち着かせ、頭の中をキャンバスのように真っ白にする。


想い描くのは幻想。

荒唐無稽(こうとうむけい)な空想だった。

脳裏に浮かんだ何かを、現実に差し込むようにイメージする。


頭の中で描いた絵が、現実にも適用される。

クリフの手のひらに真っ黒な球体が出現した。

特別なことはしていない。姉の似姿を思い浮かべた瞬間、コレが出た。


「クリフっ、お前魔法を!!」


ニールは驚愕し、鉄棒に魔力を注ぐ。

しかしクリフの方が早かった。


「驚いたろ?俺もさ」


出現した球体が握り潰される。


〈__黒減(ニグリ)


直後、黒い光と共に凄まじい衝撃波を起こし、二人を吹き飛ばした。


二人は勢い良く吹き飛ぶ。

ニールの浮遊させていた武器から魔法が消え去り、黒い光によって彼は一切の魔法を行使出来なかった。


「何が起きて__」


ニールは、近くにあった鉄柵に頭を激突させ、意識を刈り取られる。

そしてそのまま家屋の窓ガラスに激突し、室内へと転がってしまった。


「……俺が介入する必要はなかったか」


ケルスは市街に降り立ち、花壇に埋もれたクリフを拾い上げる。


「全く、親父も無理ばかり押し付けてくれる」


彼はため息を吐き、肩を落とす。

次の瞬間、彼の目の前に孔が出現する。

それは転移門と呼ばれる、一部の者にしか使えない移動手段だった。


「ケルス殿。この度は多くの非礼を働き、申し訳がない」


ケルスが門を潜ろうとした時、一人の男に呼び止められた。


「何をおっしゃるクラーク殿。急の会談を頼んだ上に、場を乱したのは俺だ。こちらこそ、ヴィリングの長として謝罪させていただきたい」


ケルスは二人を優しく降ろし、頭を下げた。

その先には、アウレアの皇帝、クラークが護衛もつけずに、息を切らして立っていた。


「すまなかった」


陰謀家めいた雰囲気は消え、彼は誠実に言い切った。


「ではクラーク殿。俺はこの者達を護送しなくてはならないんだ」


ケルスはクリフとシルヴィアを担ぎ、転移門に目配せする。


「ええ、お気をつけて。とても有意義な会談でした。どうか__」


クラークは真摯な眼差しで、ケルスを見つめる。


「アウレアの終戦を、頼みます」


男の態度にケルスは微笑む。

それは、純粋な好意から来るものだった。


「ああ、善処させて貰う」


ケルスはそう言って転移門を潜り抜けた。

門が消えたのを見て、クラークはため息を吐く。


「世話をかけたな、クラーク」


ニールはふらつきながら、窓から這い出る。


「全くだ……街の修理は手伝って貰うからな」


クラークは皇帝らしい喋りをやめ、旧来の親友としての口調に砕けた。



皇城から離れた所にある兵舎は、今現在もぬけの殻となっていた。

最低限の警備保全にあたっていた兵士たちは、椅子や床に腰を下ろし、眠りこけていた。


「墓石に書き置きなんてして。見事にすれ違ったじゃないか」


そんな中、青いドレスを纏った女性が愚痴を言いながら、兵舎の中を物色していた。


「オネスタさん、息子さんの押収品ならこっちですよ」


物陰からイネスが顔を出す。

その大きな麻袋と、シルフの馬具を両手に持っていた。


「何だ、つけていたのか」


「あなたと師匠には恩がありますから」


彼女は微笑を浮かべつつも、動きに一切の油断が無かった。

それに青いドレスの女性、オネスタは気付いていた。


「私が夫を失った途端、理性を失う怪物に見えるか?そもそも私は、元々大司教だったんだぞ?」


オネスタは眉を顰め、腕を組む。


「もし、あの頑固者が生きてたら街を燃やし、今の勇者と天使は殺していた」


イネスは少し戸惑う素振りを見せる。


「その、息子想い……なんですね、あの人は。最後に会ったのが70年くらい前ですし、意外でした」


それを聞いて、オネスタは片方の眉を上げ、納得した。


「ああ、クリフを拾ってからのあいつは、随分と変わったよ。ただ死を待つ世捨て人から、一人の父親にな。あの子は……私たち一番の宝だよ」


張り詰めた空気が静まり、微かな風の音だけが残った。


「……何となく、わかる気がします。クリフ君は、何というか……私には眩しい人だなって」


眉を落とすイネスを見て、オネスタはため息をした。


「皇帝の護衛を欠席したのもそれか」


「……やめてください。昔、ケルス閣下に殺され掛けたんですよ。あの時、師匠とあなたが来なかったら死んでた……私は、辞めたんです。勇者なんて役割」


彼女は酷く沈んだ声色で呟き、その場にしゃがみ込む。

それを見たオネスタは呆れた。


「百年経っても癒えないか、難儀だな。その心の病気さえ治せば、亜人の国家全てを灰に出来るだろうに」


「……駄目なんです、私は、友達が殺されそうな時に、目を逸らしたんです。怯えて、ただ……」


イネスは今にも泣き出しそうで、それを見た彼女は顔を顰める。


「ああ……悪かった。そうだな、初代勇者は最初の戦役で死んだ。今のお前は法官だ」


「……はい」


彼女は悔しそうに呟き、ゆっくりと立ち上がる。呼吸は乱れきって、目尻には一筋の涙が流れていた。


「まあ、元気でな。私はヴィリングに行く、巡りが良ければまた会おう」


オネスタはイネスの荷物を受け取り、肩に担ぐ。部屋の窓を開け、顔に当たる夜風の心地よさに鼻を鳴らす。


「そうだ。力と自信を取り戻したいならお前も旅に出るといい。お前の元親友はまだ、セジェスに居るぞ」


「……え」


彼女はその場で呆然としていた。

オネスタは窓を乗り越え、街道に着地する。

そして街道を真っ直ぐ走り、自身の姿を少しずつ変化させた。

青白いドレスが光となって弾け、全身から艶やかな芦毛が生え、骨格が変化し、瞬く間にオネスタは、一頭の馬に変身した。


「オネスタさん!待って!!」


追ってイネスも窓から飛び降りるも、彼女は既に大きく距離を離しており、その姿は小さくなっていた。


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