5話「ようこそ」
皇城の会議室。そこにはアウレアの皇帝、クラークと多くの家臣が集まり、ケルスを待っていた。
「よくぞお越しになられたケルス殿。このように貧相な客間である事をどうかお許し頂きたい」
ケルスが簡易的な一礼をした後だった。
彼の表情が少し険しかった。
「フラーテルは欠席か?」
ケルスを除く全員が総毛だった。
アウレアに「天使」がまだ生きている事は秘密中の秘密だったからだ。
「ケルス殿……」
クラークが取り繕うべく言葉を発そうとした時だった。
会議室の最奥、ケルスの向かい側に光柱が生じ、そこから翼を生やした女性が現れた。
「既に、存じていたのですね」
彼女はフラーテル。アウレアの王権神授を維持している存在だった。
「……ああ、お前抜きで話は出来そうに無い。脚色は不要か?」
フラーテルは瞑目し、思案する。
「ええ、構いません。この子達にもいつかは、知るべき事でしたから」
ケルスは手を叩く。
「なら話は早い。簡潔に言おう、全ての元凶は主神のケテウスだ。この世界に魔神と魔物が流れ込んだのも、その調停者として竜神が派遣されたのもだ」
周囲はざわめき、フラーテルに視線が集まる。
「事実です。そしてケテウス様は、大神を全て葬り、神なき世を作りました」
ケルスはため息を吐く。
「……美談のように扱うな。奴は実の弟妹を殺し、竜神を奇襲で仕留めた。夫を殺され、主神のルナブラムは、自棄になって自害した」
ケルスは眉間に皺を寄せ、フラーテルを指差す。
「今この世界は、ケテウスの遊び場になっている。奴が亜人を煽り、このままアウレアが滅ぼされるのも面白くない」
「ではどうすると?」
フラーテルは鋭く尋ねる。
「ヴィリング名義で終戦勧告をする。俺の本題は別だが」
ケルスはそう言って振り向く。
「ああ、彼女でしたか。なら、我々に保護させる必要もなかったでしょう」
フラーテルは目を細め、ため息を吐いた。
「やめて!私はクリフと行きたいの!!」
扉越しに少女の悲鳴が響き、扉が開かれる。
ドレスを着せられたシルヴィアは、二人の衛兵に抑えられながら連れられていた。
「……初めまして。俺はケルス、君は?」
ケルスは片膝をつき、目線を合わせる。
獣のように鋭利なその眼差しは、シルヴィアの気勢を削いだ。
「……シルヴィア」
彼女は弱々しく答える。
「俺の国に君を招きたいんだ。着いてきてくれるかな?」
しかし、シルヴィアは首を振る。
「クリフも一緒じゃなきゃ駄目……」
彼女は体を震わせながら、しかし目を逸らさず言い切った。
「勿論……彼も迎えるつもりだ」
ケルスが優しく微笑んだ次の瞬間だった。
城門付近で爆発音が起こる。
「何が起きた……?」
ニールがドアノブに触れた時だった。
城内が揺れ、扉が砕け散る。
「おーい!シルヴィア!迎えに来たぞ!!」
瀕死のマイルズを引き摺り、クリフが会議室に押し入った。
「クリフっ!!」
シルヴィアは目を輝かせ、立ち上がる。
「……やっぱり出てきたか」
ニールがため息を吐いた瞬間、会議室の長テーブルに電流が流れ、浮き上がる。
「頭を下げて下さい」
ニールがそう呟いた瞬間、長テーブルは放たれた矢のように弾き出され、クリフに直撃する。
「ニールッッ!!!」
クリフはそのまま壁を突き破り、庭園へと放り出される。
「マイルズの治療を頼む。俺はアイツをやる」
ニールは自身にも電流を流すと、そのまま庭園へと飛翔した。
「ケルスさん!クリフを……!」
シルヴィアは彼を見上げ、今にも泣きそうな顔で懇願する。
「ああ、任せてくれ。だが……」
ケルスは咄嗟に振り向くと、人差し指を突き立てた。
床面から無数の鎖が飛び出し、ケルスとフラーテルを遮る。
それと同時に、黄金の光輪が鎖に突き刺さっていた。
「やっぱりそう来ると思ったよ。クリフは譲れないよな?俺もその為に来たんだ」
フラーテルは、自身の周囲に無数の光輪を呼び出し、浮遊させていた。
「あの人は、何なのですか……なぜ、どうしてここに、なんであの光を……!!」
フラーテルは焦り、憔悴しきっていた。
「フラーテル様……お収め下さい。我々の立場は__」
クラークが立ち上がり、フラーテルを諌める。しかし、彼女にクラークは見えていなかった。
「なぜあのお方がここに居るのですか!!」
ケルスは満面の笑みを浮かべる。
「クリフの義父に聞いたらどうだ?」
「……彼の義父?」
フラーテルは首を傾げる。
「アードラクトだよ」
そう言った瞬間、フラーテルの瞳から光が消えた。その名を聞いた彼女は、かつてない程怒っていた。
「……そう」
彼女は光輪を一斉に放つ。
しかしそれらは鎖に絡め取られ、砕かれた。
「加減はしません」
彼女は光輪を掌に浮かべる。
「伏せろ__!!」
クラークが叫ぶとその場にいた家臣が伏せる。
「少し飛ぶ」
「ふぇっ?」
ケルスもまた、シルヴィアを抱えて跳躍した。
次の瞬間、光輪が膨張し皇城全体を貫き、輪切りに切り裂いた。
ケルスは、シルヴィアを抱えたままフラーテルに飛び蹴りを浴びせ、そのまま場外へと飛び出す。
「何で私も!!?」
シルヴィアが悲鳴を上げる中、フラーテルは翼を開いて飛翔し、光の粒から剣槍を作り出す。
「エスコートを頼めるか?天使様」
ケルスはシルヴィアを抱えたまま、恭しく礼をした。
「対価はあなたの命で良ければ」
フラーテルの周囲に再び、幾つもの光輪が浮かぶ。
互いの国の支配者もまた、戦闘を開始した。
◆
ニールの魔法は、雷撃では無い。
電磁力の行使だった。
〈__磁雷〉
皇城全体に電流が奔り、ニールは瞑目する。
場内にある金属製の物体を全て感知し、それらが移動できるよう、磁力のトンネルをイメージする。
〈__磁雷鉄陣〉
次の瞬間、場内の窓ガラスの殆どが砕け散り、数万を越す剣と槍、盾が飛び出す。
それらは魚群のように整然と動き、ニールの周囲を巡回する。
「本気で潰しに行くぞ……!」
ニールは僅かに微笑み、左手を上げる。
「来いよ!アウレア最強!!」
クリフはその場でしゃがみ込み、跳躍した。
「失望させるなよ!」
次の瞬間、ニールの手は振り下ろされ、浮遊する武具が一斉にクリフへと注いだ。
クリフは迫る剣を踏み付け、弾丸の如き速度で飛来する槍を叩き落とす。
側方から高速で回転する盾が幾つも飛来する。
「はは、戦場じゃ無敵な訳だよ!!」
クリフは飛来した盾を掴み、渾身の力で投擲する。
武具の波を一つの盾が割り、血路が開かれる。
「皮肉かクリフ!!あの日敗走した俺を救ったのは……お前だろう!!」
武器を踏み越え、クリフはニールに接近する。
無数の槍がクリフに向き、数百を超えるそれが全方位から射出される。
「じゃあ二度目の負けをやるよッッ!」
クリフは最低限だけ弾いた後、そのままお構い無く走り出す。
無数の槍がクリフを貫き、身体の殆どを削り取る。
しかし、身体から光が溢れると瞬時に再生し、突き刺さった武具を肉体が砕いた。
「吸血鬼より頑丈だな!!」
ニールは指を弾く。
次の瞬間、巨大な鎖がクリフに飛来する。
数トンを超える跳ね橋を支えていたそれが、蛇のようにうねりながら迫る。
「クソ、壊すんじゃ無かったよ!!」
クリフは力任せに鎖を切り飛ばす。
斑鉄の剣は、彼の剛力に耐えていた。
「そうだろう!!」
ニールが叫ぶと、クリフの頭上から巨大な跳ね橋が落ちて来た。
「一族の家宝を見せてやろう」
ニールがそう言うと、無数に浮遊する武具から、一振りの鉄棒を手に取る。
「こいつはアルティウス。殴ったものを吹き飛ばす魔法が込められてる」
跳ね橋と共に落ちたクリフへ、容赦なく武器が降り注ぐ。
死の暴風雨が庭園を抉り、土煙を巻き上げる。
「偶然、俺の魔法と相性が良くてな」
一振りの剣を正面に配置し、その柄を、ビリヤード玉のように突いた。
「最大出力だ」
磁力のトンネルが可視化出来るほどに瞬き、電流が奔る。
続けて鉄棒が瞬くと、先端から衝撃波を生じさせ、弾丸に等しい速度で剣をトンネルに押しやった。
次の瞬間、加速した剣が眩い光と共に落下し、オレンジ色の弾体へと変じる。
__それは後の世で、レールガンと呼ばれる代物だった。
「死んでくれるなよ!!!!」
オレンジの光がクリフを貫き、庭園が消し飛ぶ。
土砂が舞い上がり、周囲に降り注ぐ中、ニールは爆心地に降り立つ。
そして、乾いた笑いをこぼした。
「はは、化け物め」
爆心地で、スライム状の物質が蠢き、それが黄金の光に包まれると、瞬時にクリフが現れた。
「殺す気かよ!隊長ッッ!!」
クリフは変わらず走り出し、ニールへと肉薄する。
「良いだろう!!不死身のお前を殺し切ってやる!!」
ニールもまた鉄棒を構え、クリフと剣を交わした。




