4話「奥の手」
深夜のフルゴルビス城正門。
ニールは城壁の縁にもたれ掛かり、城下町を眺めていた。
「……全く、気配すら無いな」
予定の時間は刻一刻と迫る。
しかし人払いの済んだ町には、人影ひとつ無かった。
「相手は神の息子……半神だ。俺達の常識など通じんさ」
どこからともなくレイが現れ、苦笑交じりに呟く。
「状況はどうだ、変化無しか?」
「ああ、空を含めた都市全域に目を張っているが……成果は無しだ」
ニールは暫く考え込み、正門前を見下ろした。
「皇帝の寝室に、音沙汰なく書簡が置かれていたそうだな」
彼は呟く。
抑揚のない声で話し、考えを巡らせていた。
「ああ。秘密警察どもが頭を抱えていたよ。痕跡が無いと」
「なら確定だな」
ニールはそう言うと、躊躇いなく城壁から飛び降りた。
「なっ、おい!!」
レイは困惑した様子で、彼を呼び止める。
ニールは彼を無視し、高速で城門へと降下する。
「危ない、祖国に泥を塗るところだった」
そう言って跳ね橋の上に軽やかに着地する。
「ニール様!如何され__」
正門前に待機していた近衛兵が戸惑う。
その直後、ニールの眼前に孔が生じる。
暗く、先が見えないそれは、ヒトが通れる程のサイズへと巨大化する。
「何だ……!?」
近衛兵が孔にクロスボウを向けた瞬間、機構部に電流が流れる。
次の瞬間、クロスボウが内側から破裂した。
ニールは、近衛兵たちに殺気を放っていた。
その意図を理解した近衛兵は銃を下ろし、敬礼した。
「アウレアにようこそ、ケルス閣下」
ニールもまた、巨大な孔に向かって敬礼をし、それと同時に巨大な城門が一人でに開き始めた。
「出迎えご苦労。鮮やかな魔力操作だな、12代目勇者殿?」
孔から、コートを着た白髪の男が足を踏み出した。
その頭頂部には、狼の耳が二本立っていた。
「恐縮です。神の寵児たる貴方様に比べれば児戯やもしれませんが」
ニールは振り向き、皇城を指し示す。
「案内させていただきます、こちらへ」
「……ああ」
ケルスは威厳ある声で短く答え、後に続いた。
◆
クリフは民家の屋根に立ち、フルゴルビス城を見上げていた。
目を凝らし、城の外見、その細部を見渡す。
距離は2km。ハイヒューマンのクリフであれば、問題なく視認できる距離だった。
「シルヴィアは……アレか?」
城にある離れの塔で、シルヴィアらしき人影が外を見渡していた。
真っ白な髪は、この距離でも見やすかった。
クリフは、近くのランタンに火をつける。
人払い中の衛兵に追われるかもしれないが、構わなかった。
「お、気付いたか」
窓にもたれるシルヴィアは、ランタンの明かりに注意が向いた。
恐らく彼女も、クリフを視認していた。
クリフは深呼吸し、肺に空気を溜める。
「迎えに来てやろうか!!!!?」
街全体に響く声量で、思い切り叫ぶ。
その拍子に、マイルズに抉られた内臓が飛び出そうになり、脇腹を抑えた。
声が街に響く。
窓を閉められる不安はあった。
しかし、何もせず世捨て人になるのだけは嫌だった。
「待ってるから!!!!!」
シルヴィアは叫ぶ。
心がすくような思いだった。
彼女は使用人に引っ張られ、窓を閉められた。
その様を見て、クリフは思わず笑ってしまった。
「はははは!待ってろよ!全員蹴散らして迎えに行ってやる!!」
クリフの側に姉が現れる。
「短期決戦にしてよ?アレはどっちかと言うとクリフが死なない為の非常策だから__」
彼女の注意を無視し、クリフは短剣を取り出し、自身の側頭部に勢い良く突き刺した。
軽快な音が響き、クリフは目を剥いて屋上から転落する。
「はぁ……どうしてあたしの弟はイカれちゃったんだろ」
悩ましげに呟く彼女だったが、その面持ちは満足げだった。
「まあいいや、やっちゃえ」
次の瞬間、クリフの落下地点から眩い金の光が溢れ出し、空へと立ち昇った。
◆
同刻、マイルズは部下を連れて正門の前で待機していた。
クリフとシルヴィアの馬鹿げた叫び声を耳にし、剣を片手に殺気立っていた。
「陽動でしょうか?」
ハイヒューマンの隊員はマイルズに尋ねる。
「……いや、あの馬鹿は突っ込んで来る。少なくとも前の戦役は、それよりも酷い馬鹿をされたからな」
マイルズが淡々と呟いた直後、市街から破裂音が響き渡る。
「何が__」
隊員が困惑した直後、正門前の跳ね橋に、黄金の光を放つ物体が着弾する。
橋は砕け、固定していた鎖が千切れ飛ぶ。
跳ね橋の半分が城外の堀へと落ち、滑り台のように垂れ下がった。
どよめく隊員に対し、マイルズは舌打ちする。
「与太話であって欲しかったんだけどな」
破損し、用水路に沈んだ橋を、一人の男がゆっくりと歩き、登っていた。
「よお先輩!俺の右腕のツケを取り立てに来たぞ!!」
クリフの髪が黄金に輝き、瞳は青く澄んでいた。
そしてマイルズは目を疑う。
抉った筈の脇腹は塞がり、切断されていた右腕は断面が蠢いていた。
「先に殺した隊員の負債を払えてねぇだろうがよ!!」
〈__火照薪〉
マイルズは剣を払い、跳ね橋を登るクリフに炎を叩きつける。
「ノータイムで殺しに来たのはそっちだろうが!!!」
クリフは右腕を一瞬で再生させ、剣を引き抜く。
その剛腕に任せ、剣を思い切り振り抜いた。
切先は音速を超え、オレンジ色に輝いた。
「はは、ステーキも焼けねぇよ!!そんなんじゃ!!」
切先が空気を叩く。
衝撃波で炎は吹き飛び、クリフは跳ね橋を駆け上がってマイルズ達の前に立った。
「クリフお前……何をやってるのか分かってるのか!」
隊員の一人がクリフに切り掛かる。
が、クリフの裏拳が剣を砕き、そのまま彼の首を掴んだ。
「……まあ、戦友だしな」
クリフはそう呟くと、掴んだ隊員を城壁に叩きつけた。
勢い良く石レンガを砕き、彼は城壁の内側に放り込まれた。
「おい兄弟たち!!好きな部位を指名しろよ。今ならお咎めなしで戦役を免除させてやる」
マイルズは切先に魔力を纏わせ、一条の熱線を放った。
「そんな余裕があると思うのか!!」
それは見事にクリフの胸、その中心を穿つ。
「……はは」
クリフは僅かによろめき、倒れる。
しかしその直前で笑った。
前傾姿勢のまま、一気に走り出し、マイルズへと肉薄する。
「効くかよぉっ!!」
クリフの拳が、マイルズの腹部に直撃する。
彼の身体が勢い良く吹き飛び、城壁に激突し、身体がめり込む。
そして、四人の隊員が取り残される。
「クリフっ__!」
1秒にも満たない刹那、彼らの両足がへし折られ、剣が粉々に砕け散る。
そして時間差で、武器を握る指のいくつかが滑り落ちる。
アウレアの精鋭が、一瞬で無力化された。
「ハハハ!死ぬなよ先輩ぃぃっ!!!」
クリフは胸の傷を再生させ、城門に向かって走る。
そしてそのまま跳躍し、飛び蹴りで城門ごとマイルズ打ち砕いた。
城門を破り、庭園へと突入する最中、マイルズを掴み、そのまま走り出す。
遅れて、無数の矢がクリフに降り注ぐも、軽く剣を振り回し、風圧でそれらを叩き落とした。
続けて第二の鉄門も蹴り壊し、クリフは城内を爆走する。
「見てろよ姉ちゃん!!俺やるからさぁっ!!!」
脳を破壊し、再生させた事でクリフはハイになっていた。




