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33話「襲来」

クリフとアキムは、深いタイガの森の中、レナートの後を追って、やや急な斜面を登っていた。


「カーバンクルはリスのような見た目をしているが、木の上を登る事は滅多に無い」


革製のコートを着込んだレナートが、獲物についての知識を語る。

彼の装いは雪が薄く積もったこの森において不釣り合いなもので、防寒対策は不十分と言えた。しかし、彼が寒がっている様子は無く、寧ろ身体から暖房のような熱気を放っていた。


「武器があるからか?」


と、尋ねる。


「そうだ、お前が目標にしているカーバンクルの頭に生えた宝石こそが、奴が持つ最大の武器だ」


「その……なんだ。火が出るんだったか?」


「そんな程度ならミラナが欲しがらない。鋼板すらうち抜く熱を発するんだ。火はおまけだ」


レナートは鉈を引き抜き、藪を飛ばしながら呟く。


「矢尻や弾丸で黙らせるべきか?」


「そこが一番厄介な所だ。奴らは近付けば危険な癖に、頭に生えた宝石は、石ころとぶつかるだけで大きな傷が入り、爆発する」


彼は振り向き、こちらを指差す。


「……つまり近付いて首を落とすしか無いと」


「そうだ、麻酔銃や毒餌を撒くなんて手段もあるが、どれも信頼性が低い。それと毒餌は昔、巻き過ぎて生態系が壊れて違法になっている。間違えてもやるなよ」


「それ、効果はあったのか?」


「いいや、野生動物に死体を横取りされて終わりだ」


「だと思ったよ」


苦笑する。

大抵、そういった焦土作戦が上手くいった


レナートはその場でしゃがみ、何かを拾い上げる。


「痕跡か?」


尋ねると、レナートは肩を落とした。


「いいや、宝珠だ」


彼はそう答えると、赤い宝石をこちらに差し出した。

しかし、ややくすんだ色合いをしており、宝珠には幾つもの瑕疵が見られた。


「研磨すれば小遣いにはなるが、炉心のパーツには使えない。キズが入れば魔力を留められなくなり、綺麗な石ころになる」


「……食われた後だったか」


すぐそばに横たわる大蛇の亡骸が視界に入る。大蛇は腐乱しており、頭が跡形もなく砕け散っていた。


「カーバンクルを食って、宝珠を噛んで……ドカンだ」


レナートは大蛇の死体を見下ろして苦笑する。すると、彼の前にアキムが割って入った。


それに、レナートは一瞬身を強張らせる。


「俺を警戒してるのは分かるけどさ……それ、ちょっと貸してくれよ。残った魔力を頼りに、仲間を探れるかも知れない」


臨戦態勢を取るレナートを片手で遮り、静止する。


「ああ、やってみてくれ」


「ありがとう」


アキムは微笑を浮かべると、左手で右腕を引っ張った。すると、彼の右腕が肘から引き抜けた。

抜け落ちた右腕は、蛸の触手のように地面をのたうち回る。


「おいおい……」


レナートの警戒心は一気に跳ね上がり、少しでも奇妙な動きをすれば、武器をいつでも引き抜ける状態になっていた。


「大丈夫、襲ったりしないから。落ち着いてくれよ」


流石のアキムもたじろぎ、二人から一歩距離を取る。

そして、僅かな間を置いて、右腕が赤い触手に覆われ、次第に粘土のような形状へと変わり、軟体生物のように蠢き始めた。


「貸してくれ」


アキムは左手をレナートに向ける。レナートは、こちらに目配せした。


「信じろよ」


微笑を浮かべ、彼を説得する。


「……分かった」


レナートはため息を吐き、宝珠をアキムに投げ渡した。


「じゃあやるぞ」


アキムは、宝珠を赤い粘土に投げ込む。

粘土は蠢きながら形を変え、毛皮の無い、赤いネズミへと姿を変えた。


「ちゅー」


酷く棒読みな声で、赤いネズミは鳴く。

後ろ足で立ち上がり、忙しなく周囲を見渡す。


「面白いだろ?そういう魔法が使える生き物として設計してみたんだ」


アキムは上機嫌な様子で、こちらに笑みを向けた。

その姿が、洞窟で泣いていた少年の姿と乖離して行っているような気がして、少し恐ろしかった。


「……アキム、怖くないのか?」


「何だよさっきから。化け物みたいにさ、クリフだけは違うだろ?」


アキムは不安そうに尋ねる。

彼は恐らく、怯えていた。


「当たり前だ。だからせめて、お前が何処までやれて、俺の知らない場所で何をしてるのか教えてくれ」


「分かったよ……じゃあ何処から話そうか」


アキムは右腕の断面から赤い粘土を沸き立たせ、ひとりでに整形、変色して腕が元に戻る。


「再生能力は勿論あるし」


アキムは赤いリスを指差す。


「列車でやったみたいに分身を作って、戦わせたり、魔法を覚えさせたりも出来る」


彼は顔を顰めながら、自身の額を人差し指でつつく。


「ただ、脳みそというか……思考回路が違い過ぎて、活動中のチペワやこのリスとは簡単な情報共有しか出来ないんだ。だから、今は魔法の練習中かな」


アキムは両手をその場で広げる。


「後何かある?全身が粘土みたいに出来るとか?」


「待て」


語気を強め、剣を引き抜く。

レナートもそれに応じ、手に持った猟銃を投げ捨て、腰に掛けた拳銃に手を乗せた。


「お前、どうしてチペワと繋がってる?そいつは、親の仇の筈だろう」


最悪の想定が頭の中で過ぎる。それは、既にアキムがチペワに取り替えられている可能性だ。


「だって母さんは……」


アキムの言葉を遮る形で、彼の背後から転移門が出現する。


「え?」


「アキムッッ!!」


血相を変え、アキムに駆け寄る。

転移門、それはごく一部の実力者にしか使えない高位の魔法だ。


__ヤバいのが来る!


考えるよりも先に、選択していた。

転移門から、白い鱗に覆われた巨大な腕が姿を見せ、アキムに振り下ろされた。


呆然としていたアキムを突き飛ばし、その場で剣を構え、丸太のように巨大な腕を受け止めた。


「誰だ……!てめぇは……!?」


大規模な崩落事故を上回る荷重が、腕から全身へとのし掛かる。筋繊維が次々に切れる感覚と、骨が軋む感覚が脳を刺す。


「クリフ!!」


突き飛ばされたアキムはすぐさに右腕に触手を纏い、巨大な剣に変形させて振り回す。

巨大な腕に剣が激突し、甲高い金属音が鳴り響く。しかし、堅固な鱗に阻まれ、刃が通らなかった。


「そのままじっとしてろ」


レナートがアキムに後ろから飛び出す。

そして次の瞬間、レナートは赤い残光を描きながら、アキムの剣に飛び蹴りを当てた。


外部から強烈な力が加わった事で、鱗に刃が通り、巨大な腕を骨ごと断ち、切断する。


荷重から解放され、その場から立ち退いた。

切断された腕が周囲の木をへし折りながら、森の斜面を転がり落ちて行った。

三人で再び転移門を凝視する。


「助かった」


短く二人へ礼を告げたのも束の間、転移門の向こうに居る怪物が顔を出した。

ワニに酷似した頭に、ヒトに酷似した体型を持つその生き物は、鱗に覆われた二本の足で大地を踏み締めた。


全身には金属製の鎧を纏い、そこから幾つものケーブルが伸びていた。


「ウシュムガル?何故コイツがここに居る……!?」


レナートはその怪物を見て、焦りの色を見せる。


「手早く説明しろ!」


「さっき資料で見せただろう!人造半神のプロトタイプ!ドラゴンをベースに造った、失敗作だ!魔法が使えない半神だと思え!」


ウシュムガルと呼ばれた竜は、切り落とされた腕を見つめ、恨めしそうに三人を見つめた。ウシュムガルは巨大な顎を開き、咆哮した。


森が揺れ、音と共に乗せられた魔力が青色の波紋となって、周囲に浸透する。


「……魔力?」


アキムが疑問を口にする。

元来、魔力を無闇に放出するのはあまり効率の良いことでは無い。こういった行動には、目的があって然るべきだからだ。


「通信の妨害か?だがこの程度では」


次の瞬間、放出された魔力の末端に格子状の筋が入り、高く澄んだ音が鳴り響いた。

魔力が収束し、複数の光柱へと変化する。それらが森のひと区画を覆い、まるで鳥籠のように封鎖した。


「……魔法は使えないんじゃ無かったのか?」


額に冷や汗を滲ませながら、苦笑いを浮かべた。


「俺は科学者じゃない。資料以上の事なんて知るか」


レナートも同じく、嫌な汗を滲ませていた。

ウシュムガルは、切断された右腕から大量の魔力を放出する。

緑色の光子が集約し、激しく発光する。

そして、次の瞬間には跡すら残さず腕を復元してみせた。


「__!」


ウシュムガルは再び咆哮し、こちらに明確な憎悪の眼差しを向けていた。

彼の喉から光が生じ、口先を三人へ向けていた。


「火を吐くのか?」


アキムが月並みな質問を投げる。


「もっと凄いのが来るぞ」


「最高だな」


三人でその場から散開し、それと同時に、ウシュムガルの口部から溢れた光が森を照らし、それに随伴する形で青い炎の光線が大気を切り裂いた。

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