34話「半神」
同刻、ジレーザの百貨店。
都市駅にも似通った見た目をしたそこは、外部と内部共に、宮殿と見劣りしない程の装飾が施されており、店内に入れば、長大な通路に無数の店が連なっていた。
天井には鮮やかなステンドグラスが張り巡らされており、柔らかな日光、そして店内に照明として配置されたガス灯が、柔らかく、気品ある美しさを表していた。
白と金で彩られた通路を、シルヴィアは軽い足取りで歩く。
厳かな雰囲気を持った店内に目を輝かせながら、上等な生地のワンピースを纏い、長い尻尾を揺らしていた。
百貨店の客層はみな一様に地位が高く、竜人の彼女を見かけても深く頭を下げたり、祈りを行うだけで、彼女に群がったり、その通行を阻むような、品のない真似をする者は居なかった。
「あっ、メイ君!あの店行ってみない?パンケーキ?だって、パンのケーキなんて不思議……どんなのだろ」
そんな彼女の後ろを、紙袋と雑貨用品を持ったメイシュガルが追う。
「きっと気に入ると思いますよ」
彼は長時間の付き添いと、身体の半分程の量の荷物を持っていながら、眉一つ歪ませず、爽やかな笑みを浮かべていた。
「少し良いかな?」
シルヴィアが喫茶店に足を踏み入れようとした時、彼女の横から着崩した神父服を纏った青年が、柔和な笑みを浮かべて立っていた。
「えっと……?」
シルヴィアは混乱した。
彼の格好に髪の色は、アウレア人のものだった。しかし通行人は、彼の存在に気付いていないかのように素通りしており、彼女に目線すらも向けなくなってしまった。
「……」
そんな彼を見て、メイシュガルは顔を青くし、箱型の通信端末を取り出す。
しかし、神父服の青年が彼を一瞥すると、通信端末を握っていたメイシュガルの手首が突然外れ、その場から転げ落ちた。
メイシュガルは、切断された自分の右手を見て息を飲み、噴水のように溢れ出した血を、右手で圧迫し、痛みで叫んだ。
「困るよ、君が増援を呼んだら話が出来ないじゃないか」
そんな惨状を、やはり通行人は気付いていないようで、裕福な出立ちをした男が、まるで視界に入っていないかのようにメイシュガルの横を素通りした。
シルヴィアは、恐怖でひきつった悲鳴を漏らす。
「お前が……例の半神だな……っ!」
「そうだよ、模造品くん」
神父服の青年が指を弾く。
緑色の魔力が彼の指先から生じ、一本の縄となってメイシュガルの口と両手足を縛った。
「やめてっ!」
シルヴィアが青年の裾を引っ張る。
雑多な鋼線程度なら引きちぎる彼女の膂力を受けても、青年は体幹を崩さなかった。
それどころか、彼は涼しげに微笑んだ。
「大丈夫、彼を殺す予定は無いよ。ちょっと触るよ」
青年はシルヴィアの頬に両手で触れ、互いの瞳を近づけた。
シルヴィアは、彼の青い瞳に目を奪われ、意識が吸い込まれるような感覚を覚える。
深い眠りにつくように、意識が離れようとした瞬間。
青年はシルヴィアを突き飛ばし、その場で嘔吐した。彼の奇行に、シルヴィアはただ怯えるしか無かった。
「……うぇ、凄いなぁ。流石の僕もこんな所業には引くよ。はは」
青年は口元を手の甲で軽く拭い、深く礼をする。
「では改めて、僕の名前はアルバ。魔神ヴァルツァーブの息子にして、魔神ヴァストゥリルの養子、つまり僕はケルスの弟だ」
「ケルスさんの……?」
次々と押し込まれた情報に、シルヴィアは困惑する。しかし、ケルスの名を聞いて内心安堵してかけていた。
アルバは一歩踏み出し、シルヴィアに近寄る。
「君は、自分の正体を知りたがっていたね」
「え……うん」
シルヴィアは、服の端を握り締める。
恐怖はあった。嘘かもしれない。
しかし、それ以上に自分を知りたかった。
「君は器だ」
アルバはやや高揚した様子で、舞台役者のように仰々しく語る。
「それもただの器じゃない。亜人と人間、その双方の悪意の全てを煮詰め、濃縮したものが君の魂の内側に収められている」
「え……」
想像だもしなかった、そしてあまりに実感の無い回答を前に、シルヴィアは言葉を詰まらせる。
「君は竜神ソルクスの娘にして、彼の魂を、自我を封じ込めている檻でもある」
アルバは、突然シルヴィアの首を掴み、持ち上げる。
彼女はもがいて抵抗するが、それを歯牙に掛けない程、アルバの膂力は優れていた。
「尤も、ルナお祖母様が封印の殆どを解いてくれている。彼を封じ込める最後の錠前は……君の命だ」
「__っ!?」
急激に殺気を叩きつけられ、シルヴィアは萎縮して涙を流す。
そしてアルバは指の力を強め、彼女の首を絞める。
シルヴィアは振り解こうと、アルバの腕を掴み、暴れるが、無意味な抵抗だった。
どうにか呼吸をしようと微かに喘ぐも、握力は更に強まり、気道が完全に塞がれ、脊椎が軋み始める。
彼女は、活け締めされた魚のように身体の力が弱まり、顔から生気が失せていく。
瞳孔が上に向き、シルヴィアの首が折れようとした時、アルバは突然やって来た第三者に頭を蹴り飛ばされ、すぐ隣の喫茶店に激突し、ガラスを破砕しながら店内に転げ回った。
それと同時に、アルバの魔法が解け、周囲の人々がざわめき、逃げ惑い始める。
拘束を解かれたシルヴィアは、地面に倒れ、喉を抑え、焼けるような痛みを発する肺を必死に動かし、酸素を取り込む。
視界の端には、列車で会った女性の姿があった。
「オネスタさん……!」
「嫌な予感が当たって何よりだったよ」
オネスタは優しく微笑み、シルヴィアの頬を撫でた。
そして、崩れた壁から店を出たアルバを、鋭く睨み付けた。
「弁明は要らない。くびり殺してやろう、半人」
彼女は、普段の優しげな声色からは想像出来ない程の怒気を言葉の端に乗せていた。
「初めまして、オネスタ殿。魔神の息子として一度あなたにお会いしたいと思っていましたよ。しかし、魔神ベルトゥールの妃であるあなたが、何故人間などに絆されてしまったのですか?」
オネスタは、右手に魔力を収束させ、アルバに向けて魔力の塊を発射する。
アルバは、その場から半歩動き、これを躱す。外れた魔力の弾は、彼の背後にあった壁面に激突、爆裂して百貨店の一部を崩落させた。
元来、固めて飛ばす事など不可能なのだが、規格外の魔力量がそれを可能にしていた。
「奴とは離婚した。最早思い出したくもない、」
オネスタの瞳が蛸の形に変化し、両袖から無数の触腕が飛び出した。
それを見たアルバは目を見開き、両手を挙げる。
「おっと、その気になった所で悪いけど、あなたとは戦いたく無いんだ」
アルバは敵意の無い様子で一歩踏み出し、オネスタの後ろに立つシルヴィアを見つめる。
「僕と来る気はありますか?」
「……嫌、来ないで」
シルヴィアはアルバを睨み、冷淡に答える。
しかし、彼は少し考える素振りをして、笑みを浮かべた。
「……かしこまりました。では後ほど、支度が整い次第迎えに参ります。もう少しの辛抱です、お祖父さま」
その発言を聞いた瞬間、オネスタは目の色を変え、魔法を起動した。
〈__酸桃毒〉
オネスタの指先から赤桃色の液体が溢れ出し、細長い槍のような軌跡を描いて、射出された。
その速度は規格外で、指から飛び出たと同時に着弾した程だった。
空気抵抗によって、水弾が通過した場所を中心に、熱せられた突風が吹き荒び、アルバの放出していた魔力を霧散させた。
一瞬の出来事だった。
「お見事」
アルバはわざとらしく手を叩いた。
直後、水風船のように内側から破裂し、樹液に似た白濁色の液体を撒き散らした。
「……死んだの?」
シルヴィアは、オネスタの背後から覗き込むようにアルバの亡骸を眺める。
「……逃げられましたね」
アルバが消えた事により、メイシュガルは体の自由を取り戻し、右手を押さえながら二人の側まで来ていた。
「良い見識だな。これは魔力を詰めただけの人形だ。とは言え、あの男はこれを作る為に、自身の数週間分の魔力を注ぎ込んだ事だろう。用意周到にも程がある」
メイシュガルは深く頭を下げる。
「申し訳ありませんでした、僕が力及ばず。あなたが来ていなかったらシルヴィア様は__」
オネスタはそんな彼を見兼ね、彼の額を指で弾いた。
「痛っ」
「産まれて2歳かどうかだろう。芸を仕込み過ぎた子供は愛嬌が無いぞ」
「……すいません」
オネスタは気まずそうに顔を顰め、全身から出していた触腕を体内に引っ込める。
「さて、私は帰る。ケルスの後ろ盾があるとは言え、お前達の尖兵と鉢合わせたくは無い」
オネスタは踵を返し、指を弾いて眼前に転移門を作る。
「オネスタさんっ!」
シルヴィアが、彼女に抱き付く。
「シルヴィア?」
「……私の中に、憎悪とソルクスが眠ってるって、あの人は言ってました。何か、何か知らないんですか!?私っ……怖いです」
シルヴィアは胸元を握り締め、恐怖で震えていた。オネスタもまた、そんな彼女の姿に心を痛め、顔を歪めた。
「シルヴィア」
オネスタは、彼女の両肩を掴む。
「私からは言えないんだ。私は……これから何度も二人に嘘を吐くかもしれない……けど、最後には、私が死んでも二人だけは絶対に護るから……お願い。信じて」
シルヴィアは目を丸くし、暫し思案して、不安そうな表情を振り払ってみせた。
「信じます」
それが、彼女の出来る精一杯の強がりだった。
「ありがとう」
オネスタはシルヴィアの頭を優しく撫でた後、作り出した転移門を潜り、その場から消失した。
彼女を見送り、シルヴィアは下唇を噛む。
当事者であるにも関わらず、立場としては部外者である事に、シルヴィアは堪らなく悔しかった。
「シルヴィア様……」
メイシュガルが心配した様子で、彼女に左手を伸ばす。シルヴィアは、振り向いて彼の手を握り締めた。
「メイ君。ううん、メイシュガル君……あなたは何者なの?どうして……私に会いに来たの?教えてよ」
シルヴィアは瞳に強い意志を宿し、彼を真っ直ぐ見つめた。
メイシュガルは、切断された右手の傷口からに魔力を放出、そこから強い光を発した。
光が晴れると、彼の手は完全に再生していた。
「……でしたら、僕にも教えて下さい。クリフ様の事を」
メイシュガルの眼差しもまた、強かった。
「……分かった」
シルヴィアは返答に詰まるも、可能な限り素早く返事をした。
「ただし、僕の正体は言いふらさないで下さい。例えクリフ様でも……あの人と、ソフィヤさんには知られたく無いのです」
「分かった、約束するよ」
「場所、変えよっか。パンケーキは食べれそうにないね」
シルヴィアは周囲を見渡し、苦笑した。




