19話「片鱗」
1年前、クリフとの戦いを終えたニールは、自身の邸宅、その自室のソファに腰を下ろしていた。
「やっと休める……」
ニールはくたびれた様子で、天井を見上げていた。
「……ひとつ良いか?隊長殿」
ニールは気だるげに顔を上げる。
眼前に居たのは、副隊長のレイだった。
「ノックをしろ」
不服げに呟き、彼の入室を咎める。
「……クリフを過大評価してるんじゃないか?遠巻きに戦いを見たが、俺でも殺せる程度だった」
ニールは身体を起こし、レイを凝視する。
「そも、森で捕らえた時のように″奥の手″を切れば圧勝だったろう?」
物怖じせず尋ねるレイに、ニールは二本の指を立てた。
「なんだ?」
「二割だ」
ニールは乾いた笑いをこぼす。
「二年前と比べれば、アウレアのクリフは二割程度の力しか発揮していなかった」
レイは固まり、苦笑した。
「冗談だろ?」
しかし、ニールは首を振った。
◆
クリフと赤髪の男、セルゲイが対峙する。
緊張が走る中、先に動いたのはセルゲイだった。
能力では圧倒的に劣り、兵器の殆どは通用しない。しかし、クリフは瀕死のニールを守る必要があった。
「悪いが、目的を果たさせて貰うぞ」
セルゲイの背から放熱板が飛び出す。
〈__OVER DOSE〉
セルゲイのリミッターが外れ、常軌を逸した速度で走り出す。
そして、ポーチから二つの手榴弾を取り出し、一斉に投げた。
「爆弾か」
クリフは瞬時に理解し、剣を振る。
しかし、それに追従したセルゲイによって、剣を弾かれる。
「させんよ」
クリフは僅かに思案し、武器を手放した。
そして自由になった両手で、爆弾を掴んでみせた。
「味見と行こうか」
クリフは、爆弾を持ったままセルゲイに肉薄する。
そして、二人ともども爆発した。
爆炎に包まれ、セルゲイの身体が浮き上がる。
「そらよ」
無傷のクリフがそこから飛び出す。
振り抜かれた拳がセルゲイの腹に直撃し、森の奥へと吹き飛ばされる。
「逃げるか……」
クリフは瞬時に考えを纏め、ニールに向かって走る。
その直後、首筋に熱を感じた。
「あ?」
クリフは咄嗟に振り向くと、透明なヒトがビームソードを頸に押し付けていた。
「馬鹿な……」
透明人間は唖然としていた。
アダマントすら溶かす光刃を、クリフは肌で受け止めていた。
「防寒具に使えるかもな?」
クリフは無味な感想をこぼし、透明人間の頭に拳を叩き込む。
カボチャを割ったような音が響き、頭のない透明人間の姿が露わになり、倒れた。
「まだ来そうだな」
クリフは周囲を見渡す。
すると、眼前には赤毛の若い男、レナートが迫って来ていた。
「よくもオヤジを……!!」
彼は二刀のビームソードを振り抜く。
クリフは圧倒的な速度で、彼の両手首を掴んだ。
「捕まえた」
クリフは筋力に任せ、彼の両手首を握り潰す。レナートは目を見開き、背中から放熱板を展開する。
〈__OVER DOSE〉
手首が捻転するのを厭わず、サマーソルトキックがクリフの顎に直撃する。
「痛っ」
クリフは左手を離し、顎を撫でる。
しかし、それだけだった。
クリフは彼を鈍器のように振り回し、近くの樹木に叩き付けた。
「頑丈だな……ダメ押しだ」
クリフは抑揚の無い声で呟き、レナートの腹部に蹴りを入れた。
強烈な衝撃が彼の体を貫き、掴まれた右腕を置き去りにして吹き飛ぶ。
木に叩きつけられ、腕を失ったレナートは、戦意を喪失していた。
「オヤジ、おふくろ、俺っ……」
彼は憔悴した様子で脚と左手を動かし、這いずりながらその場から離れようとする。
しかし、クリフが彼の首を後ろから掴んだ。
「逃げる側になった感想を教えてくれよ」
クリフは、怒りの表情を浮かべていた。
片手でレナートを持ち上げ、腰に差した剣を引き抜く。
「助けて……」
レナートは、弱々しく呟いた。
クリフが手を離し、両手で剣を振るった瞬間、セルゲイがクリフの背後に現れた。
彼の腹部は打撃によって陥没し、全身の至る箇所から火花が散っていた。
「俺の息子に何してやがる」
中年の男はクリフの側頭部に拳を叩き込んだ。
それと同時に、セルゲイの拳が発光し、そこから強い衝撃波が発せられた。
クリフはその場から軽く吹き飛び、地面を転がる。
「アンジェラと合流しろ。俺は、軍人と父親の役目を果たして来る」
そう言ってセルゲイはコートを脱ぎ捨てる。
「っ……!」
レナートは、涙を浮かべながらその場から飛び去る。
クリフはそのさまを見送った。
「戦力は俺で打ち止めだ、一騎打ちと行こう」
セルゲイは両手を広げて挑発した。
「……部下想いなのはどこの上官も同じだな」
クリフはうんざりしたような態度で、剣の切先をセルゲイに向けた。
「お前、今年で幾つになる」
セルゲイは、突拍子もないことを尋ねた。
「25だ」
クリフは短く返し、その場から踏み出す。
それと同時に、セルゲイも走り出した。
拳と剣が激突し、それによって生じた衝撃波が雪を巻き上げた。
__息子と同い年か。本当に、嫌になる……
セルゲイは心の内で呟いた。
そして次の瞬間、彼の背後に巨人が降り立った。
けたたましく駆動音を鳴らす、黒鉄の鎧騎士のようなそれは、セルゲイを拾い上げる。
「これで無敵のお前を葬る」
巨人の胸部が開き、そこにあるコクピットに乗り込む。
「……なんでもアリだな」
クリフは静かに魔力を練り始める。
黄金に輝くそれが炎のように揺らぎ、微かな熱を持ち始める。
「消し飛べ」
巨人のコクピットが閉じ、両腕をクリフに向ける。
両腕が瞬いた次の瞬間、クリフに目掛けて極大サイズの熱線が放たれた。
地殻を抉り、周囲の木々が燃え始める。
「……これはなんだ?」
灼熱の極限環境の中、クリフの頭には太陽の似姿が浮かんでいた。
どこで得たかも定かではないイメージを、誰かに導かれるように固める。
クリフは、魔法を組み立てていた。
「俺は、操られてるのか?」
まるでつられるように、クリフは剣を抜く。
すると、剣が粘土のように溶け、一本の長弓への変形した。
極大サイズの熱線を身体で受け切り、光が晴れる。
しかし、新たな光が闇を切り裂く。
クリフは空に浮き、燃え盛る矢を番えていた。
〈__緋雫〉
太陽の如く輝く矢が、巨人へと放たれる。
矢は巨人の腹部を貫き、そして爆裂した。
炎の光柱が天を衝き、森そのものが溶鉱炉のように沈み始める。
周囲の木々が一斉に燃え盛り、爆裂した跡には底の見えない巨大な孔が空いていた。
「何だよ……これ」
剣は元の姿に戻り、クリフの髪が黒く染まる。
湧き上がる全能感は消え去り、ただ焼け残った焦土だけが広がる。
「……俺は、何なんだよ」
クリフはその場にへたり込み、極度の倦怠感に襲われる。
そんな時だった。
思い金属音と共に、セルゲイが降り立った。
「生きてるんだな……俺は品切れだ」
クリフは苦笑する。
セルゲイの手足は溶け、顔と胴体の半分近くは欠損していた。
「ああ」
辛うじて形を保った左手で、彼は拳銃を抜く。
冷たい銃口が、クリフの額に向く。
「手が入り用か?」
木々の後ろからニールが現れ、彼は指を鳴らした。
〈__磁雷鉄陣〉
次の瞬間、セルゲイの拳銃が板状に圧し潰された。
「……クソ」
彼は心底絶望したような声色で呟くと、潰れた拳銃が彼の手から離れた。
そして次の瞬間、潰れた拳銃が浮遊し、彼の喉を貫き、斬首した。
雪の上に、重たい音が響く。
「さて……お前に命を救われるとはな」
ニールは両手を払いながら、クリフの元へ歩く。
「隊長……?なんで立ち上がれてるんだ」
クリフは目を見開き、困惑しきっていた。
そこで、ニールは懐から血に濡れた一本の縫い針を取り出した。
「魔法で体内に入れて縫合した。流石に痛かったぞ」
二人は苦笑した。
「あの力について聞きたいが……後で良い。それよりも礼をしないとな。俺の家名に誓おう、俺の力が及ぶ範囲で、お前が望むものはあるか?」
クリフは暫し考えた後、冗談めかしてこう言った。
「じゃあ、退役させてくれ」
◆
「__と、こんなとこだ。昔は上手くいかなかった。まあ、今も転げ回りながら生きてるようなもんだが」
話が終わると同時に、汽車が運転を再開し、車輌が揺れる。
「……そっか」
シルヴィアは返す言葉を失っていた。
「まあ、結局ソフィヤは死んだけどな。そうだろアキム」
「いや、生きてるよ」
「何?」
アキムは自身の鼻や耳を指差す。
「今の俺は、生き物の気配を辿れる。爆発で首だけになってもずっと、ソフィヤはまだ生きてた」
その言葉を聞いた直後、胃が擦れるような感覚を覚える。
「……そうか」
彼女が生きている以上、自分がどうすべきかなど、とうに決めていた。
アキムは突然、右腕を硬質化した触手で覆い、チペワと同じ肉剣を形成した。
「好きなだけ話してくれよ。シルヴィアは俺が守る」
彼はそう言って、爽やかな笑みを浮かべた。
「は?どうしてそうなる」
そんな彼の返答に、顔を顰める。
「あんた、ソフィヤ殺す気だろ」
図星を突かれ、はっとする。
シルヴィアを見やると、彼女は目を逸らし、俯いていた。
「うん。凄い、怖い顔してるよ」
彼女にそう言われ肝が冷えた。
片手で目頭を揉んで深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
「お前を殺そうとしたんだぞ。もう、俺だけの話じゃない」
「なら、後悔しない方を選ぼうよ。あたしを助けた時みたいにさ」
シルヴィアは微笑む。
それは、普段自分が行動する際の指針としている言葉だった。
「……アキムは?」
彼女がそう言ってくれたからこそ、自身の内で不安が増大し、最悪の結果が脳裏に浮んだ。
「やるとこまでやろう。あんたは見ず知らずの俺に命を懸けてくれた。だから今度は俺の番だ」
真っ直ぐ、真剣な眼差しで見つめる彼を見て、思わず笑みをこぼした。
「全く、馬鹿ばっかだな」
それを聞いた二人は目を細め、口を揃えた。
「「クリフにだけは言われたくない」」




