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20話「お勤め」

裏ジレーザの高層ビル群から少し離れた機械工場。

真っ白なタイルで構成された小さな一室。

その中央に置かれた機械仕掛けの椅子に、裸のソフィヤが座っていた。


彼女は無数のケーブルに繋がれており、首から下の皮膚が全て剥がされていた。

彼女の皮膚の下には肉ではなく、機械の部品が詰められていた。天井から伸びたアームが、素早い動作で彼女の部品を交換しながら、修理を繰り返していた。


そして、その一室に黒髪の女性が入室する。


「そこのお転婆娘、起きてるかい」


彼女が呼び掛けると、ソフィヤはをゆっくりと(まぶた)を上げ、彼女を見つめた。


「アンジェラさん」


ソフィヤは居心地が悪そうに、眉を落とした。


「アンタがVIPに発砲するから、ヴィリングの王がカチ切れて、ウチのボスを恫喝(どうかつ)した」


アンジェラと呼ばれた黒髪の女性は言葉の端に怒気を乗せ、これまでの経緯を羅列する。


「それでアンタは首だけになって、あたしの息子はタコの化け物に半殺しにされて今も修理中だ」


彼女は、腰に吊るした拳銃を人差し指で回転させながら引き抜き、ソフィヤに銃口を向けた。


「確かアンタよく、酒の席で大ッ嫌いな男の名前を言ってたねぇ、そうクリフだったか」


ソフィヤは思わず目を瞑り、歯を食いしばる。

銃声が複数回鳴り響く。

しかしそのどれもが彼女を貫くことはなく、部屋の壁面に穴を開けるだけだった。


アンジェラは拳銃を収め、ため息をつく。


「本来なら、極刑に処す所さね。先方の機嫌を少しでも伺う為にもね。けど、ボスの側近がアンタの助命を願った。機材を壊されて怒り心頭のボス相手にだよ?」


ソフィヤは訝しむ。


「心当たりがありません。確かにあの子とは仲が良いですが……」


そう言い切る前に、アンジェラはソフィヤを蹴り飛ばした。

スニーカーの靴先が彼女の頬を貫き、彼女を固定していた機械製の椅子が傾いた。

装置がエラーを起こし、酸素の吸入が中断されてソフィヤは過呼吸になっていた。


「アンタと違って命令は守るさ。けどね、お前の命令違反が原因で私の息子は生死を彷徨ってる」


彼女は歯軋りをし、拳を握り締めた。


「あの子に免じて、これで済ませてやる」


そう言ってアンジェラは部屋の外に出ると、出てすぐの廊下で、赤髪の少年が深く頭を下げていた。

それを見て、彼女は顔を顰める。


「やめておくれ。アンタみたいな子供に謝らせるのは心が痛む」


「いえ……ソフィヤさんはそれだけの事をしました……拳を納めて頂いて、ありがとうございます」


少年は顔を上げ、アウレア人特有の青い瞳をアンジェラへ向ける。


「一体、何を交渉材料にボスを納得させたんだい」


「僕の……人生です。今後一生、いつ如何なる時もあの人に隷属すると……魔法を使って契約しました」


彼は儚げな笑みを浮かべ、そう答えた。

その手は、恐怖で震えていた。

それを見たアンジェラは血相を変え、少年の両肩を掴む。


「メイっ!アンタどうしてそんな事したんだい!?死ぬまで他人に尽くす事の意味が、分かってるのかい!?」


「……分かっているつもりです。僕の人生が台無しになっても良いから……ソフィヤさんには幸せに生きて欲しいんです」


メイは曇りのない眼差しを向け、そう答えた。


「アイツはまたクリフを襲うよ」


「僕が止めます、何があっても」


「……無理と思うけどね、あの子の意思は固いさ」


彼は全身から赤い魔力を滲ませ、そして霧散させた。それと共に、澱んだ殺気が滲み出る。それは、アンジェラから言葉を奪うには充分過ぎた。


「その時は僕が彼女を殺します」


メイはソフィヤの居る部屋に歩を進める。

扉に手をかけ、振り返る。


「僕の全てが駄目になっても、あの人には幸せになって欲しいんです」



汽車に乗って数日。

持ち込んだ本も読み返し終え、窓の外に広がる雪景色も見飽きていた。暇を持て余したシルヴィアは、話題が尽きるたびに似たような話を振ってくる。そんな時間を繰り返して、どうにか長旅を潰していた。


「何もしなくていいってのも嫌だな。シルフの背に乗って旅をする方が、俺には合ってる」


ベッドの上からそう言うと、シルヴィアは駅の近くで買ったトランプを弄びながら肩をすくめた。


「あたしはこっちの方が好きかな。楽で快適だし」


「俺も走らなくていいから賛成……はい、俺の勝ち」


アキムが素早くカードを抜き取り、シルヴィアの手元にジョーカーが残る。


「あっ、ううー! また負けた!!」


シルヴィアは銀の弾丸が描かれたカードを放り、机に突っ伏してからこちらを見た。


「クリフも遊んでよ!!」


「……分かった。またお前が変な奴に絡まれたら面倒だしな」


皮肉を返しながら、散らばったカードを拾う。


「ごめんなさい」


「馬鹿言うな。あれは不可抗力だ。また妙なのが来たらぶっ殺してやる」


そう言いながらも、頭の隅から離れない顔があった。


__母さん、今どこで何してるんだろうな。


席につく。アキムが不器用な手つきでカードを切る。


__数年ぶりに会えると思ったんだが。


車内を捜しても、オネスタの姿はなかった。避けられているのかもしれない。理由は分からないが、それが少しだけ寂しかった。


「あっ、見てみんな!」


シルヴィアが立ち上がり、窓を指さす。

思考を振り払い、そちらへ目を向けた。


木と鉄で組まれた無骨な街並み。その中央には、二十メートルを超える建物がいくつも突き立っていた。海沿いには巨大な煙突を備えた工場が並び、黒煙が空を曇らせている。


「これがジレーザか」


資料で読んではいた。

鋼の国ジレーザ。広い領土に対して人の住む場所は少なく、技術も人口も幾つかの大都市に集められている国。だが、紙の上で知るのと、実際に見るのではまるで違った。



列車が駅へ滑り込む。

ホームに降り立つと、壁も柱も、天井の意匠に至るまで無骨さの中に妙な華やかさがあった。石と鉄で造られた構造に、木の装飾と鮮やかなステンドグラスが差し込まれている。


「綺麗だね」


「ああ……そうだな」


思わず見入って、素っ気なく返す。


「まるで聖堂だな」


「汽車すら知らなかったんだ。こんな大きな街、見たこと無いよ」


アキムもまた、きょろきょろと辺りを見回している。

三人揃って田舎者丸出しだな、と自分でも思った。


「お待ちしていました。クリフ様、シルヴィア様、アキム様」


黒いスーツで身を固めた三人の男が、にこやかに微笑み、こちらを出迎えた。


彼らの衣装は、アウレア育ちの自分にとって奇妙に思えたが、この高度な文明圏における礼装に見える以上、顔に出す訳には行かなかった。


「……失礼ですが、あなた方は?」


普段の口調を抑え、ヴィリングでの仕事口調に切り替える。

それを聞いたアキムが、少し困惑していた。


「申し遅れました。私は外務官を務めております、メイシュガル・リマトと申します」


先頭に立っていた男は、ジレーザ式の作法で一礼した。

ジレーザの階級はさっぱり分からない。しかし、その響きや一部の単語から、高い職位の人間だということはひと目で分かった。


「私は、ケルス陛下の側近をしております、クリフ=ディヴィス・クレゾイルと申します」


ケルスに名乗るよう指示された、その気恥ずかしい称号の数々に顔を赤くしそうになる。


産まれてこの方、丁寧な言葉を滅多に使わなかった為、敬語が嫌いだった。

その為、よほど身分が高い相手でないと敬語を使いたくなかった。

だが今となって、シルヴィアを養う為の仕事で覚え、身につけた言葉遣いが役に立った。


目の前に居るメイシュガルは、ジレーザの政界の要人で。その後ろに立つ二人は護衛と言ったところだろうか。そんな彼らに対して、こちらは無教養の平民である。


記憶喪失の竜人、ド田舎暮らしのドワーフ、そして酪農家出身のアウレア人だ。

その組み合わせはあまりにも不釣り合いで、正直言って今からでも逃げ出したかった。


「大統領が館にてお待ちしています。こちらに、ご案内させていただきます」


「感謝します、メイシュガル殿」


礼儀作法が正しいのかは分からなかった。何より、自分の居振る舞いに採点を付ける人間など居る筈がない。

向こうがジレーザの文化に合わせた礼儀作法を取る以上、こちらもヴィリング式で押し切るしかないだろう。


__しかしなんで棟梁と話をするんだ? ケルスに貰った書状は土建技術の話じゃないんだが。


護衛の一人がメイシュガルの一歩後ろを歩き、もう一人がこちらの後ろに回った。

彼らの後を追従しながら、護衛たちが腰に吊り下げている銃器を眺める。


__一昨日のハイジャッカーもだが、装備が俺の知るものとかなり齟齬があるな。


二年前に鹵獲して調べたジレーザ正規軍の銃器を思い出す。


__マスケットとリボルバーが主流だった筈だがな。ハイジャッカーの使う武器はボルトガンと遜色が無かった。だとすれば、近衛兵みたいなこいつらのは、それ以上の性能があるかもな。


それは、かつての職業柄の悪癖だ。

武器や道具、技術体系を見ては、それを取り入れられないか思案してしまう。

そうぼんやりと考えながら駅を出る。


外に出ると、背の高い石と鉄で出来た建造物が整然と立ち並んでおり、大通りに馬車の姿は無かった。

その代わりに少し外見は違うが、ハイジャッカー達が乗っていた馬の無い馬車が街を走行していた。


__あの光沢……全部金属製か。汽車と同じ蒸気機関で動いてるのか?


「あれは自動車と言います」


視線に気付いたらしいメイシュガルが、歩調を緩めずに口を開く。


「粉砕した魔石と、植物から抽出した油を混合したものを燃料として走行します。ご関心がおありでしたら、公開可能な範囲で資料をご用意いたしますが」


その瞬間、最大限に頭を回転させた。


「遠慮させていただきます。以前の来訪で陛下が求めなかった以上、我が国では必要のないものでしょうから」


心の中でガッツポーズを取る。

当然、それっぽい台詞を言えたからだ。


後ろに続くアキムは黙っており、シルヴィアは父親の仕事を見る娘のように目を輝かせていた。


「ええ。確かに便利ではありますが、同時に既存の生活や産業に大きな変化を求める技術でもあります」


メイシュガルは道路の側まで歩く。


その先には、普通のものよりもやや長い全長を持った自動車が停まっていた。

鮮やかな光沢を放つ黒塗りの車は、皇族の使う馬車とはまた違った気品と高級感を漂わせていた。


「ヴィリングには、我が国とは異なる国情と秩序がおありなのでしょう。必要とされる技術も、必ずしも同じではないのだと思います」


「お先にどうぞ」


柔和な笑みを浮かべ、先行していた部下に扉を開けさせる。


「では、失礼します」


「えっと、失礼します」


「失礼します……」


シルヴィアが先に入り、次にアキムが入る。

そして二人に続いて、車両の中に足を踏み入れる。


開放感のある窓、天井や側面には革や絨毯のような生地が張られており、腰掛けたクッションはこれまでのどれよりも快適で、酷使した足腰に心地よい痛みが走った。


「柔らかいね、すっごい」


シルヴィアが月並みな感想をこぼし、窓から景色を眺める。

続いてメイシュガルが車内に入り、後部座席に四人が入る事になった。

広いソファとテーブルが設えられた車内は、4人が入っても広々としていた。


部下が扉を閉め、運転席に座り走り出す。


「ヴィリングにもあれば良いのにね」


不用意なシルヴィアの発言に、怒りが湧く。

俺に余計なフォローをさせるな。


「我が国では火と煙は厳に慎むべきだろう?魔物達で移動しているんだ、彼らとの共生を立つつもりはない」


頭の血管が切れそうな勢いで思考を回し続け、絞り出した言葉に対し、自分自身に惜しみない賞賛を送る。

脳内ではファンファーレが鳴っていた。


「魔物を輸送手段に、ですか」


メイシュガルは僅かに目を見開いた。

その反応は一瞬で消えたが、わずかな驚きと好奇が混じっていた。


「差し支えなければ、もう少しお聞きしても?」


腹芸にしては悪手なその反応を見て、純粋な好奇から来た質問であるように思えた。


「ええ、彼らの暮らしについてならお答えしますよ」


しかし、頭の回転は未だ緩めていなかった。

戦術的な価値がある内容、つまり地形や防備に関する情報は省き、ヴィリングの観光地や娯楽施設に触れるべきだと判断した。

尤も、ヴィリングに軍隊は居ないのだが。


「ヴィリングの食事情は独特です。畜産や農耕も併用していますが、それと同時に狩りも行われています。最初期こそ宗教的な意味合いをもって狩りをしていましたが……」


少し意識して口調を崩す。

手探りではあるものの、メイシュガルが態度を少し崩した以上、合わせるべきだと判断した。


「今では美食を求めて森を練り歩いているのです……狼と蛇は宗教上駄目ですが」


「確か、ヴァストゥリル様の弟君が蛇の神でしたか」


「ええ、その通りです。それで、肉の調理方法が独特で、彼らは強靭な胃腸を持つ故に、火を使わずに調理するのです。香草やソースに漬け込んだ肉を薄くスライスして、そのまま食したり、腐敗する寸前の肉を加熱調理します」


「肉の生食ですか。ここでは燻製やジャガイモが殆どですので、とても新鮮に思えますね」


メイシュガルは眉を上げ、興味深そうに話に聞き入っていた。


「とはいえ、一定数ヒューマンも居るので、加熱調理もします。しかし、生食文化もあってか、総じてステーキで言うレアを好んでいますね」


「なるほど……」


彼は小さく頷き、それから少しだけ柔らかい声音で続けた。


「門戸が開かれる機会があれば、いつかこの目で見てみたいものです」


「ええ、その時はぜひ」


にこやかな笑みを浮かべた。

ヴィリングは国というよりはひとつの家屋であり、部外者の立ち入りを易々と受け入れられる国ではなかった。


__まず、ケルスが許さないだろうな。


そんな話をしているうちに、車は目的地へ着いた。


先に降りたメイシュガルに続いて外へ出ると、広い庭園の中央に立っていた。

整えられた芝生、刈り揃えられた低木、雪の白。色数は少ないのに、妙に目を引く。


その奥、斜面に寄り添うようにして、黒い大理石の建物が横長に伸びていた。


「この建物は?」


「ブラックハウスといいます。この国の統治者が執務を行う場所です」


王城みたいなものか、と思いながら眺める。

飾り気は薄い。だが、それが却って威圧感になっていた。


「少し歩きます。あそこは、この国で最初に建てられた鉱山ギルドの上に造られているのです」


メイシュガルが長い階段を上り始める。


「こちらへ。大統領がお待ちです」

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