18話「憤怒」
それからの記憶は、曖昧だった。
降り注ぐ瓦礫、ゆらめく炎。
悲鳴と怒号の中、ソフィヤを担いで必死に逃げ回った。
空から降り注ぐ未知の爆弾。
炎に包まれた物やヒトの破片が爆風で飛び散り、仲間たちの命を次々に奪って行った。
そして、それらの攻撃に抗する為の魔法が空で瞬いては消えた。
気付けば、彼女を落とし、味方の撤退ルートから外れていた。
クリフは、無人の森に一人取り残されていた。
「……どうして」
雪が降り積もる中、タイガの木に背中を預ける。言葉に出来ない後悔に襲われ、項垂れる。
「クリフはよくやったよ」
姉の幻影が現れ、クリフの肩を叩いた。
しかし、その言葉がより一層クリフの心を抉った。
「違う……もっと、出来る事があった。俺が間違えてなかったら……もっとやってれば」
自責に耐えれず、その場でうなだれる。
そんな時、風切り音と共に人が降って来た。
彼は鮮血を撒き散らしながら、目の前に転がる。
落ちて来たのはニールだった。
「隊長!?どうして!!?」
動揺し、思わず弱い言葉が出る。
「……ヘマした」
ニールの腹部は大きく裂けていた。
「真っ二つに……切られてな……心臓より下は……繋がって……」
彼は咳き込み、大きな血の塊を吐く。
「なんとか磁力で繋げてる……運んで、くれるか?」
心臓が跳ね、焦燥感に駆られた。
ソフィヤを救えなかった以上、もう誰かを救わないと正気を保てそうになかった。
「あ……ああっ!任せてくれ!!」
ニールの臀部に手を掛け、腹話術人形のように持ち上げる。
普通の運搬方法では、身体が真っ二つに割れる恐れがあったからだ。
そして、残った理性を総動員させ、本来の撤退ルートに向けて全力で走った。
「クリフ、厄介なのが来るかも」
姉が進路上に現れ、呟いた。
次の瞬間、目の前に二人の男が降り立った。
一人は赤髪、もう一人は熊のような大男だった。
竜の甲殻のような形状をした鎧は、明らかに現代のそれから逸脱していた。
特に、熊のような男は重甲冑を身に付けており、柱のように巨大な腕をしていた。
「情報通りだ、やるぞ」
二人は軽い意思疎通を交わすと、クリフに銃を向けた。
「おう、任せろ」
赤髪の男が拳銃を構え、銃口がこちらに向く。
回避行動を取ろうとするも、飛び道具に敵うはずもなく、銃口から飛び出した弾丸が左膝を貫く。
「うっ……」
またも、情けない声が出た。
抱えていたニールをその場に落とし、転倒する。そして、足を引き摺りながら、倒れたニールの元に向かう。
「にげろ……」
次の瞬間、彼の体から電流が生じ、木々の隙間から複数の剣が射出され、二人の男へと飛来する。
「まだやれるか!!」
熊のような男は巨腕で剣を叩き落とす。
それと同時に、ニールの身体から一気に血が溢れ出した。
「隊長っ、ダメだ、ダメだそんな事っ!!」
その場で這いずりながら、彼を静止する。
しかし、ニールに鎧を磁力で操られ、身体が浮き始める。
「カッコつけさせろよ……」
ニールは苦しげに微笑むと、クリフを一気に飛ばした。
「ニールッッッ!!」
ニールに向けて手を伸ばすと、彼は儚く微笑んだ。
その姿が、在りし日の姉と重なった。
「今度も護ってもらうの?」
姉の幻影が樹の上に現れ、冷淡に尋ねた。
それは、禁句だった。
「絶対に嫌だ!!俺は、俺はっ……!!」
クリフは自身の鎧に手を掛ける。
次の瞬間、それを力任せに引きちぎった。
そして、黄金の光が夜空に瞬いた。
◆
「殺し方の希望はあるか?」
熊のような男が、死に体のニールを見下ろす。
「老衰が良いな……可愛い嫁も欲しい……」
ニールは血を吐きながら、笑って見せた。
「流石だよ、英雄」
男は巨腕を振り上げ、ニールへと振り下ろした。
「……だろ?」
ニールは観念して目を瞑り、自分の運命を受け入れる。
しかし次の瞬間空が瞬き、黄金の閃光が二人の間に割り込んだ。
「隊長、もう英雄譚は終わるのか?」
ニールはゆっくりと瞼を上げ、目を疑った。
「クリフ……?」
黄金に逆立つ髪をもったクリフが、巨腕を片手で受け止めていた。
「お前……何もんだ__!!」
クリフの左拳が、男の腹部を弾く。
鈍い音と共に、二倍はある巨大が宙に浮き、木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。
「元羊飼いの息子だ」
クリフは剣を引き抜き、残された赤髪の男を見つめた。
「コードレッド、勇者に次ぐ異能と遭遇した。援護求む」
赤髪の男は呟くと、長銃を引き抜いた。
それを見たクリフは、男を指差す。
「お前が頭だな?殺せば安心して帰れそうだ」
次の瞬間、長銃が火を噴き、熱線がニール目掛けて射出される。
しかし、クリフが振り下ろした剣が熱線を弾き、周囲に加熱した重粒子が拡散する。
「ビームを見切るか……!」
赤髪の男が感嘆した直後、熊のような男が木陰から飛び出す。
「ダヴィート!下がれ!!相手はイレギュラーだぞ!!」
赤髪の男が制止するも、ダヴィートは頭に血が上っていた。
「関係ねぇ!なまくらごと叩き潰せば良いだろうがよ!!」
ダヴィートは助走をつけて走る。
合金製のその肉体は、希少金属よりも強固な破城槌となって、クリフに迫る。
「その通りだ」
クリフは、防御すら行わずにそれを受け止める。次の瞬間、二人の間で爆発が生じ、多量の雪が舞い上がる。
衝撃波で地面が揺れ、クラックが生じる。
「じゃあ、俺の番だな」
クリフは、その場から一切動く事なくダヴィートを受け止めていた。
「……は、ぁ?」
困惑するダヴィートを、クリフは軽く突き飛ばす。
そして、剣を振り上げた。
斑鉄の刀身が黄金に光り輝き、周囲を照らす。
「錆落としにしてやるよ」
ダヴィートを掠める形で熱線が飛来し、クリフの顔に直撃する。
「ダヴィート!!逃げ__!!」
赤髪の男の叫びを、炸裂音がかき消した。
熱線を意に介すことなく振り下ろされた剣は、ダヴィートの上半身を爆裂させた。
ダヴィートの鉄片が周囲に飛散し、赤髪の男の頬を裂く。
「……化け物め」
赤髪の男は忌々しげに呟く。
ビーム、それは加熱した重粒子を超音速で放つ超兵器。科学技術の極点。
そんなものを、金属や生身で防ぐことなど不可能だった。
__しかし、クリフの顔には傷ひとつなかった。
クリフは剣を振り、血を払い落とす。
爆発的に立ち昇る魔力は天を衝き、染まる夜空は燃えているようだった。
「次だ」
クリフは抑揚のない声で、冷淡に呟いた。




