さん!
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レイアン班長は出てきませんが、年齢は判明します。
「イチノセ? なにしてんだ? 食堂着いたぞ」
「……三十路」
「はあ?」
三十路、三十路で班長? 三十路で大臣? なにそのエリート。異例の大出世すぎるよ。そりゃ神の子と崇められても仕方ない。罵られ隊も結成され……るのはだいぶ特殊な状況だけども。そーいや、最近彼らに尊敬の目で見られてる気がするんだけど気のせいかな。気のせいだよね……!
いろんな恐怖に愕然とするわたしを呆れた目で見ながら、ライルが食堂へとわたしの背中を押す。
「入口で止まんなって。なんかよく分かんねぇけど食べながら話は聞いてやるから。な? 早く帰らないとまた班長に叱られんぞー」
「ライル、痛い」
そんなぐいぐい押すな。こちとらか弱い(ここ重要!)乙女だぞ。転んだらどうしてくれるんだ。
「おーおー悪かった、悪かった。イチノセは今日もエウ定食でいいのか?」
「うん、エウがいい。ありがとう。というか、ライル悪かったなんて思ってないでしょ!」
思ってる思ってる、とまるで気の入らない返事をしながらライルが食券を買ってくれる。その後少しきょろきょろしてから空いてる席まで案内してくれる紳士っぷりなのにどうしてライルってばモテないんだろう。
そうそう、政治部の食券はなんと驚いたことに社員一人一人に渡される社員証みたいなカードをルウカと呼ばれる水晶玉みたいな青紫色の玉にかざして発券する。カードの持ち主の魔力に反応して調理場に注文が飛ぶ仕組みらしい。ここに初めて来たときレイアン班長に何度もやり方を説明されてわたしも挑戦したんだけど何度やってもできなかった。カードをかざす度にぼふん! と気の抜けた音がしておしまい。なにも起きない。つまり反応すべき魔力が異世界人であるわたしにはないってことなんだろうけど、レイアン班長には計算はできるけど魔力コントロールはカスという認識をされている気がする。魔法に溢れた世界というわけでもないし多少コントロールできなくても怪しまれることはないけど、なんか悔しい。
まあそんなどうにもならない悔しさはともかくお昼を食べるために必要不可欠な社員証(というか、部員証?)が使えないわたしは、こうして毎回一緒にお昼を食べに来る監視兼連行役の同僚たちに頼んでもらわなければならない。どうやら給料も部員証に振り込まれるため一カ月分のお昼代は給料から引かれるらしい。後からわたしが彼らにお金を返すとはいえ迷惑をかけている自覚はあるので、この食堂で一番安いエウ定食なる謎の定食を食べているというわけだ。魚のフライとお米(そう米! さすがに日本米みたいにおいしくないけど一応お米があるのだ!)、それから緑色のナニカが浮いた謎のスープの組み合わせ。案外うまい。
ちなみに月の最後の給料給付日には各班の部屋に緑色のルウカが出現、そこからお金が振り込まれる仕組みになっている。わたしは仕方ないので現金支給だ。大金持って帰るのは危ないから、と数日に分けて渡される。……まるっきり子ども扱いされてるなわたし。
「ほら、席着いて。で、今度はどんな世界の謎に気付いたんだ?」
「そんな壮大な問題にわたしがいつ気付いたと?」
「イチノセの疑問はいつもぶっ飛んでるからなー。ルウカってなにでできてるのーとか魔力ってどこから来るのーとか」
だって気になるじゃないか。ルウカにかざすことで魔力に調理場に注文が飛ぶってことは魔力にはある程度の思念を乗せることができるってことじゃん? 水晶玉はそれを伝えられるわけじゃん? ただの水晶玉に見えるのに一体何でできてるのかなーって疑問に思わない? 残念ながらレイアン班長ですらその答えは持ってないみたいだったけど。この世界の人たちはなんも疑問に思わないんだろうか。あれかな、ケータイが普通すぎてどうしてあんなもので声を届けたりメール遅れたりするのか全然疑問に思わない、とかそいうのと同じなのかな。
「世界の謎じゃなきゃなんだ? ついに遅刻の改善策でも思いついたのか?」
「遅刻はね、しないようにこれでも頑張ってるんだよわたしも。毎日毎日やっとの思いで班室に辿りついてるんだから。そうじゃなくてさ、」
いくらわたしがお気楽で呑気だからって遅刻はマズイと思っているのだ。遅刻が三日続いたあたりから政治部の門が開くのと同時に来てるんだけど時間内に辿りつけた試しがない。程度の差こそあれ始業時間に間に合わない。朝からひたすら歩きまわってるっていうのに。でも最近一時間内に収められてたんだけどなー。今日はちょっと迷いすぎた。
第一ここ門開くの遅すぎるんだ。始業の一時間前に開門ってふざけてるだろ。どうしてみんな間に合うんだ。わたしが迷子になってるときも人っ子一人廊下を通らないんだけど一体いつ来てるって言うんだ。今のところルウカの謎よりこっちの方がよっぽど気になってる。
いつも門の前で朝飯食べながら待ってるからすっかり警備部のおにーさんとか受付班のおねーさんとかと顔見知りになってしまった。今日も早いなー、イチノセは偉いわね―って微笑ましく見られてるけど、まさか遅刻の常連ですとか言えない。というか、そろそろ毎日経理班で遅刻を理由にレイアン班長とバトってることがバレる気がする。
と、わたしの遅刻事情は今はどうでもよくてだな。
「レイアン班長っていくつなの?」
「……は?」
真面目な顔で聞いたというのに目が点、口がぽかんと開いた間抜け面を披露してくれたライル。女の子の前でそういう顔するから「弟みたーい」って言われちゃうんだよ。
「いや、さっき仕事初めて十数年って言ってたじゃん。一体いくつなのかと思って」
「知らないのか? 有名だろ、レイアン班長の経歴は」
「知らん。興味もなかった」
今は俄然興味が沸いてるけどね! だって三十路とか! 相手がレイアン班長だという点を無視すれば、一番イケてる時期じゃないッスか……! 大人の男! ……あ、本音が。
「……うん、イチノセはそういうヤツだよな」
いや、そんななにかを悟ったような頷きはいいからはよ教えて。気になって夜も眠れないこともないけど、とりあえず気になって班室帰ったらレイアン班長を凝視してしまいそう。そしてまた怒られる。ひい!
「班長は今年で三十五。来月誕生日じゃなかったかな、たしか」
「さんじゅうごっ!?」
え、ちょ、予想より余裕で十歳は高いんだけど! 全然見えない。調べようがないから分からないけどこの世界と地球にそれほど時差はないはずだし、年齢が数えってわけでもない。つまり正真正銘三十代! 嘘だ、まだ二十代、十代だってちょっと無理すれば言いはれるよ。三十路において一番大切な落ち着きというものが見当たらないよ! 色気だけは無駄に振りまいてるくせにな!
「ここの試験、一回じゃ受からないようになってるの知ってるか?」
「うんにゃ、知らない」
一発合格は百年に一度の天才と言われてることしか知らないけど。でもその話じゃ百年に一度の天才って一度も現れたことなくね?
「ほんとかは分からないんだけどなー。一発で受かるようなヤツは元から出来がいいヤツだから、一度挫折を味あわせとこうって始まったことらしい」
……なにその性格悪い制度。余計なお世話じゃね? そのくせレイアン班長の推薦だからってだけで試験免除しちゃうあたり、さすがセノンディウス王国クオリティー。ゆるい、ゆるいよ。
「たぶんデマだろうけどなー。なにせ班長が十八のときに落ちて流れ始めたって話だし。あの人、小さいときから神童って騒がれてて一発合格間違いなしって言われてたからそんな制度があるんじゃないかって話になったんだろたぶん」
……わたしの上司さまは噂を作り出すほどの有名人らしい。たしかにキャーキャー言われてるけどそれって政治部内でのことだと思ってた。そうか、あの美貌は世界を駆け巡るのか……。納得してしまう自分が悔しい……!
「で、こっからが班長のすごいとこでさ! 班長、その次の年の受験蹴ってるんだって。落ちたのは自分の力が足りなかったからだーとか言って二年勉強して入部。まあ、二十歳で入部したのも若すぎるくらいだけどな。オレなんて二十五のときやっと受かったくらいだし」
「ふうん、そうなんだー…………え? 今なんて?」
またしてもなんかありえない数字が聞こえてきたんだけど。
「え?」
「二十五って言った?」
「ああ、俺今三十二だぞ? あれ、言ってなかったか?」
聞いてねぇよ……! もっと年齢近いと思ってた! まだ二十代だと思ってた! だって周りの人たちもっとむさいじゃん! 言っちゃ悪いけどもう疲れきってるじゃん! 君たち若づくりしすぎじゃね!?
「……全ては幻だったということか」
年齢近そうだし勝手に親近感沸いてたのに。しかも二十五で入部とか、ライルも案外エリート組。入部の平均年齢三十五前後って言ってなかったっけ。経理班は計算できないといけないし、さらに平均年齢上がるって聞いたことあるような、ないような。
と、口をあんぐり開いたわたしの思考を遮るように食堂内におばちゃんの声が響く。
「エウ定食お待ちの方ー!」
「お、イチノセ呼ばれてんぞ。あ、俺が取りに行こうか?」
「……いいです。自分で取りに行ってきます」
「お、おう? イチノセが敬語使うと気持ち悪いな……」
「ああん?」
「い、いやなんも! ほら行って来い!」
うむ、と頷いてもうなにも信じられないような気分になりながら席を立つ。カウンターまで行っておばちゃんからプレートを受け取るっていう仕組みは日本とあまり変わらない。
「ああ、またイチノセだったのかい。なんだい、今日は珍しくしょげてんじゃないか」
すっかり顔なじみになったおばちゃんの言葉になんでもないよと笑い返す。ところでわたしいつもどんなキャラで見られてんですかね。わたしだって人間ですからね、落ち込むこともあるんですよ。ええ、時たまですけどね!
「いやちょっとね、世の中の理不尽さに、」
「あ!」
「あ?」
最後まで言う前になにやら大きな声に遮られた。耳に響くバリトンがあのレイアン班長を超える色っぽさを出している。……はて、こんなイイ声の男に知り合いがいただろうか。
いないよな、こんな忘れられない声の持ち主の知り合いなんて、と振り返ったわたしの視界に入ってきたのはもはや懐かしさすら感じる黒髪。瞳はエメラルドグリーンで、顔なんてもうレイアン班長といい勝負なくらい整っていらっしゃる。この時点で懐かしさというものは打ち砕かれた。こんな綺麗な顔に郷愁なんて感じられないよ……! だがしかし、その顔はなにやら喜びに輝き、若干呼吸も荒くて変態くさい。というか、変質者だろうこの人。呼吸荒すぎないか。
「俺にみつあみの仕方を教えてくれないか……!」
「はあ?」
……初対面の相手にいきなりなんのカミングアウトしてるんだこの人。
次回、謎の変態さん(笑)登場です。メインの登場人物はこの人含めあと二人ほど。順番に登場予定です。