諍い
昼にたどった道を思い出しながら、砂浜を歩いてゆくと、しばらくして、風音の寝かされていた小屋が見つかった。いをりの家も、そう遠くはないはずだ。目を凝らすと、小屋の裏手に何かがつるしてあるのが見えた。もしかすると、自分の服かもしれないと、風音は確かめに行くことにした。
果たしてそこには、服が干してあった。ただし、魚の群れの中に。頭の付いている魚を見るのは初めてだったので、風音はしげしげと見つめた。干物の陰でこそこそと着替えると、風音はいをりの貸してくれた服を、もう一度眺めた。いをりには大きすぎるし、いをりの兄のものでもなさそうだ。彼らの母のものだろうか。すっかり褪せた縞模様が、寂しげに見えた。
ふと、小屋の中から声が聞こえてきたような気がした。そっと壁に耳をあてる。あの兄妹だとは分かったが、波の音が邪魔で、内容まではさっぱりだった。
そうこうしているうちに、不意に扉の開く音がした。二人の足音が、表から裏手に回ってくる。怪しまれないよう、おもむろに服をたたみだす。
「世話になったな」
風音が差し出した服を、いをりはひったくるように取り返し、走り去ってしまった。時間をかけて細い目の能面を作ってから、風音はゆきとに向き直る。洛澄の養成学校で、初めて身につけた技術だった。
「妹の無礼を、どうかお許しください」波の彼方から、図体に似合わない卑屈な声が返ってきた。細々とした言い訳は、赤い海に沈むばかりだ。左手で制し、震える声を絞り出す。
「もう、よい」
冷めきった砂浜を蹴って、追われるように走り出す。血の色に染まった海が、異様に生暖かい。




