世間話
戻ってきた風音を見て、果奈が駆け寄ってきた。
「何かあったの」
「どうでもいいことだ」
不溜人の子供になど、二度と会うはずもなかった。
「そう……、ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「行こう。私たちはここに長居するべきではない」
風音の姿は光の帯に包まれた。阿那の額に吸い込まれるようにして、光が集まってゆく。大きな翼が音を立て、湿った砂が舞い上がる。涼しい風をつかむと、地上はあっという間に遠ざかって行った。果奈の唯祈も、続いて飛び立つ。
《すまない。ずいぶん暗くなってしまったな》
すでに日は沈み、二匹の影は重く青じんだ空に溶け込んでいた。こうなってしまうと、後は竜の鼻だけが頼りだ。
《大丈夫、あまり富良樹からは離れていないし……。そうだ、風音は、もう通達書、見た》
《今更、何を言ってるんだ。明日が入隊式なのに……特務隊だ。決まっているだろう》
《うん、主席なんだから、当前だよね・・・、私は諜報部。とりあえず、おめでとう》
声色が伝わってこずとも、風音には分かってしまう。
《いや、諜報部なら、仕事で会う機会もあるだろう。それに……私の単独任務なら、助手を指名できると聞いている》
雲を抜けて、月の光を浴びた。青白い静けさの上を、二つの影が滑ってゆく。
《ありがとう。でも……》
《何か》
《ううん、そういうことじゃなくて、うまく言えないんだけれど、あれから5年になるんだなって》
養成学校の寮は、同郷人同士を相部屋に押し込むのが習わしになっている。生活力のない風音は、ルームメイトに迷惑ばかりかけていたのだった。
《ああ、入ったばかりのころは長くも思えたが、終わってみるとあっけないものだな。明日からは、また新たな日々が始まる》
雲海が途切れ、眼下に黒い海が広がった。二つの月と、闇だけが残る。阿那は緩やかにダイブして、冷たい夜の風を切った。振り返らずに、唯祈の追ってくる音を聞く。
《始まりか・・・そういえば、他のみんなはどうなったんだろう》
《明日、会えば分かることだ……父によれば、今年は豊作らしいが》
《だよね。風音と幾起の試合なんか、27回の卒業試験の中でも指折りだったっていうし》
《……ああ》
《すごいよね。初めは底の方にいたのに、次席までこぎつけたんだもの》
《ああ》
《結局、風音についていけたのは、幾起だけだったね……》
《ああ》
《私は……駄目だあったけれど、諜報部に入れたんだから、期待してたより、ずっと良かった》
《ああ》
《とにかく、借金を全部返せるように頑張って、それから、風音のお父様に立て代えて頂いた学費を返して、か》
《……》
《風音》
果奈に呼び戻されて、風音は返事を考えだした。
《あ、いや、父上は、一銭も払っていないと思うぞ。洛澄の公費……もとい、単に免除しただけだろう》
《……幾起なら、一か月もすれば全快するって言ってたし、試合だったんだもの。気に病むことなんてないよ》
《いや、私は……》
視界をすり抜ける居虎、背後から聞こえた咆哮。忘れかけていた戦慄が蘇った。




