果奈
見張りの男に連れ出された時には、太陽が海に浸かっていた。夕日の色だけは、富良樹の上と変わらない。水平線に滲んだ赤は、静かな海を照らしている。
血のような潮風の香りをかみしめていると、
「どうやった」
後ろから、いをりが訊ねてきた。突然声をかけられて、風音は答えに詰まってしまう。
「そうだな、長老は、その・・・不思議な人だったよ。いつもはどんな感じなんだ」
このでたらめな台詞にも、思いつく答えがあったらしい。いをりは肩をすくめて、おどけて見せた。
「長老様がお見えになるのは、年に何回かだけやし、わしにもよう分からん。そやけど、怒られんで、よかったやん。長老様が怒ったら、嵐がおこる、ゆうし」
夕日に向き直って、「ありがとう」と呟く。せりあがってくる『だが……』をせいいっぱい呑みこんだ。
悲鳴があがったのは、風音のすぐそばだった。ふたつの鋭い大きな影が、鬼灯色にそまった砂浜を滑ってゆく。悲鳴は瞬く間に村中に伝染して、人々は逃げ惑った。ただひとり、風音だけが笑って空に手を振っていた。
「果奈、ここだ」
二匹の竜が、ゆるやかな弧を描いて、ゆっくりと降りてきたとき、そこには、もう彼らの姿しかなかった。羽ばたいてわずかに浮き上がり、制動をかけながら着地する。大きなかぎ爪が、湿った砂に沈んだ。唯祈が首をもたげると、額の結晶がほのかに輝き始める。こぼれ出た光の帯の中に、懐かしい姿がゆっくりと浮かんできた。肩まである胡桃色の髪。いつもの控え目な微笑み翠の瞳には、風音の笑顔が映っている。
果奈は、風音に駆け寄ると、すがるように手をとった。
「よかった。見つからなかったらって、そんなことばっかり考えてた」
「すまない。心配をかけたな。阿那も、ご苦労だったな」
逆光で表情こそ見えないものの、亜邦が誇らしげに鼻を鳴らすのが分かった。黒い影が夕日に滲んで、いつもより大きく見える。
「今朝水汲みに出たら、亜邦が外で飛び回ってるんだもの。びっくりしちゃった」
「何はともあれ、助かった。私のせいで朝食も取り損ねたんだろう。さあ、帰るぞ、亜邦」
軽やかに砂浜を蹴って、亜邦にかけよる。が、風音はいきなり呼びとめられてしまった。
「その前に」
「何だ」
「その格好で戻るのはまずいんじゃない。元の服に着替えたら。乾いていれば、だけど」
言われて初めて自分の格好を確かめると、なるほど、ぼろだった。いをりの話を思い出す。着せかえたのは、いをりだろうか。風音はいをりであることを祈った。
「髪もぼさぼさだし、笑われちゃうよ」
果奈は碧い髪を、優しく撫でつけた。
「取りに行く。少しの間待っていてくれ」
風音はあわてて駆け出した。はいはい、と頬を緩めている果奈に、振り返って叫ぶ。
「笑うな、兵は素朴を好むものだ」
温かい夕日が二人を包んだ。




