後輩
『着いたぞ。』
頻繁に竜が出入りしているほかには、さして変わったところはない。主戦場が遠いのか、既に収束してしまったのか、いずれにせよ、無事に入港することができそうだ。風音たちは大きく張り出した富良樹の枝をくぐって、基地の裏手に回った。勝手を知っている岩澄が先んじて積み出し港に滑り込み、風音は後を追って向かい風を駆けあがる。倉庫に挟まれた小さな広場を見下ろし、風音は当たりをつけてすり減った石畳に降り立った。
予想通り、積み出し港は静かなものだった。見張りは紫の隊服にちぢみあがったが、岩澄がなだめすかして、司令室に案内させる。基地の内部は騒々しさであふれかえり、幾重にも折り重なった指示と報告が堅牢な砦を震わせていた。負傷兵が運び込まれ、医師が駆けまわり、厩舎の鍵を両手に、会計まで駆り出されている。勢いよく飛び出した通信兵と入れ違いに司令室に入った二人は、非常に迷惑そうに迎え入れられた。元帥は手ごろな兵士を呼びつけて風音たちの案内を押し付け、愛想のない兵士はわざとらしくため息をつき、それきり一言もしゃべらずに淡々と廊下を下った。薄暗い廊下を抜け、傾いた階段を下り、突あたりの扉を押し開く。岩澄に続いて部屋をのぞくと、分厚い革張りの寝椅子の隅に幾起が小さく縮まって座っていた。
岩澄の姿に、幾起は寝椅子から跳ね上がり、拳を胸にあてた。
「岩澄さん、ご無沙汰してます。」
岩澄は同じく敬礼を返し、風音もならう。
「おう、久しぶりだな!怪我の塩梅はどうだ、玄谷。」
「見ての通り、もうあらかた治りましたよ。足首は完治したし、頭の傷もくっつきました。」
答えながら、幾起は一瞬風音を窺った。反射的に目をそらせると、大きな窓を埋め尽くす澄み渡った青が目に焼き付いて、周りの壁が赤く染まった。この部屋だけは特別に採光に気を使っているのだろうが、暗さに慣れた目にはまぶしすぎる。
「ただ、身体は鈍っちまったから、これから頑張って追いつかなきゃな。」
受け渡しの相手が分かった途端に調子に乗っている。
「全く、大仰な格好をしていたから、もっと重症かと思ったぞ。」
口をとがらせる風音を横目に見やると、岩澄は声を出して笑い、伸びてきた髭を確かめるように右手で顎をさすり、反対側の手で幾起の肩を軽くつかんだ。
「それにしても、大した怪我じゃなくてよかったじゃないか。仕事でも出遅れずに済んだしな。さあ、ここでいつまでもだべってるわけにもいかねぇ。続きは歩きながら話そうや。」
気軽さを装った岩澄の言葉は、再開にほどけた部屋を柔らかく引き締め、二人の新兵の顔に冷たい光を注いだ。幾起はゆっくりと頷くと、
「お連れします。」
と真鍮の丸ノブに手をかけ、重みを確かめながらゆっくりと回した。錆びついた音をたてて日焼けした扉が開くと、向こうには前線の砦が続いている。張りつめた空気は、戦場までつながっているに違いない。二人に続いて、風音は力強く歩み出した。




