釈放
「……筆記の答案が還ってくる度に見ないで丸めていたくせに、よくも偉そうなことが言えたものです。」
滑らかな手触りの向こうから、また岩澄みの笑い声が伝わってきた。
「アイツ、まだそんなことやってんのか?」
「ええ、私にだけは、最後まで絶対見せませんよ。」
「じゃあさ、廊下の水たまりは?頭拭かないだろ、玄谷。」
「今はどうか知りませんが、知りうる限りは。よくお咎めを頂いていました。」
「そうそう、タオルがチクチクするのが嫌いなんだってよ。」
「妙なとこだけ神経質ですよね。」
一度も話したことがなかった岩澄も、風音と同じ4年間を過ごしていた。幾起の他にも、教官や職員たちの悪癖や校舎の欠陥など、よく覚えているのはおかしなことばかりだ。話が一巡りして玄谷のところに戻ってきた時、錆びついた鉄の扉が、ゆっくりと押し開けられた。
「岩澄、不知火両隊員の禁錮処分を、現時刻を持って停止する。急の仕事が入った。動けるな。」
隊長の声は硬い。伝染した緊張は、二人の腰を跳ね上げる。
「はい。」
「問題ありません。」
濁った空気を切り裂いて、鍵のぶつかり合う冷たい音が近づいてくる。
「地の富良樹に向かってもらう。機密物資の輸送だ。」
錠が鍵に食らいつく、重い唸りが地下牢を震わせる。先に解放された岩澄が、ゆっくりと引き戸を開ける。ぬっと飛び出した大きな影は右手に握った鍵束を手繰り、そのまま無造作に鍵を錠に指し込んだ。
隊長は歩きながら手短に状況を説明した。戦闘が開始されたのは未明、水の天蓋近辺を哨戒していた伽流州拿軍が『開・真名』の群れを発見、余りの規模に戦闘配備と救援要請が同時に出たらしい。洛澄からは第一、第二、第三師団が送り込まれ、一時は市街地に迫っていた戦禍も今は収束しつつあるという。特務隊からも手の空いているものが向かったが、お届けの品は裏手から密かに運び出さなければならない。実によいタイミングで問題を起こしてくれた。
富良樹を発った二人は極風を捕まえると、まっすぐ土の富良樹を目指した。まだ昼過ぎとはいえ、往復となるときわどい時間だった。




