水路
軽く「椏殻」で注意をひきつけ、左に舵を切って、高度を落とす。左手に収容が続く商船が見えた。高価な積み荷を海に投げうち、群衆を呑みこむ船は、まだまだ出られそうにもない。ひらりと敵の弾をかわすと、水路の入り口へとアプローチをかけた。ここまで来ると、流石に後戻りはできない。初めての単独での戦闘は、3対1になってしまった。敵の足が遅いのが、せめてもの救いだ。引き離して一匹ずつ仕留めるか、時間だけ稼いで逃げるか。囲まれなければ、勝負になるかもしれない。通灯を全開にした亜邦の生み出す風圧は、水路をたたき割り、民家の窓をかみ砕いた。
入り組んだ水路の上を、速度を緩めることなく亜邦は縫うように飛んだ。バンクするたび、翼が水面をたたき、きりもみ回転しそうになる。迂闊に上空に出て見つかれば、狙い撃ちの的になる。双方、頭をあげるわけにはいかない。いくつかの角を曲がって、敵が見えなくなったところで、待ち伏せを仕掛けた。脇道に侵入しながら、左足で壁を掴んで、独楽のように反転する。食いこんだ爪で巨体を支えて、敵の接近を待った。
水飛沫が近付いてきた。阿那の潜む角との距離は、あっという間に縮んでゆき、目の前を水飛沫が横切る一瞬を、至近弾の「椏殻」が捉えた。黒煙に包まれた巨体が緑の水面を数回叩いて、沈むと同時に爆発する。南国の太陽を飲み込んだ巨大な水柱は、輝きの中で霧散した。表情に出るはずもないが、慌てふためく敵の後姿を、風音は霧の向こうに探した。
次の瞬間、背筋に突き刺さる悪寒を避けて、亜邦は壁を蹴って飛び出す。光弾の熱は、民家を大きくえぐり取り、水塊を空へと持ち上げた。
一匹目の上げた狼煙を目印に、上空から二匹の攻撃が始まる。まんまと餌に食いついたのは風音の方だった。このまま逃げれば、いい的だ。通灯を使って強引に加速し、二発目をかわして敵の真下をすり抜ける。のたうつ水面の上を滑る2つの影が交錯した瞬間、目の前に身体を傾けて滑り降りてくる2匹目が広がった。透き通った巨体に映り込んだ亜邦の姿が、熱を帯びた本物と擦れ合う。姿勢を立て直すやいなや、風音は亜邦を加速させ、市中を闇雲に逃げ回った。




