使命
「不知火さん」
しばらくして、千波が声をかけた、そのときだった。空を引き裂く轟音が、広場をがたがたと震わせた。観客の間に恐慌が飛び火し、叫喚と怒号が入り混じった。
「暴動ですか」
「ここを狙うさ」
宿合は、肩をすくめておどけて見せた。ただ、ただ、面白くない様子で黒煙のたち昇る東を眺めている。商館の裏手だが、風音には何があるのかまでは分からない。
「千波、あそこには何がある」
「あの一帯は実家の屋敷です。細かい場所までは分かりませんが」
思いのほかしっかりした声に励まされ、頭が少しずつ回り始める。
「宿合さん、とりあえず亜邦と合流します」
「ああ。こっちは俺に任せておきな」
開けた場所を探すべく、あたりを見回して、風音の背中を戦慄が這い上がった。「烏鷺真名」だ。3匹で編隊を組んで、こちらに近づいてくる。
「こんな時分から空爆か」
風音は歯がみした。破羅輪呪を使えない亜邦を飛ばせるわけにはいかない。港に面した広場の脇に、亜邦をつないだ厩舎があったが、駆け込むには間がなかった。
「伏せろ!」
先日の奇襲からは、想像もつかない火力だった。たった2、3発の光弾が、祝いの席を地獄に変えた。白熱した石畳は虫食いだらけになり、亀裂からにじみ出た海水が分厚い霧を作り出す。潮と血と、焼けた石の匂いにまかれて、人々は我を失った。惨劇から目をそらす者、射抜かれたように立ちすくむ者、喚き散らす者、言葉を失った者。折り重なった悲鳴と怒号が、ゆっくりと中心から遠ざかってゆく中、先輩を探して彷徨う視界を小さな影が過った。
「お嬢様!」
「見ている暇があるのなら、水をもらってきてください」
死体に近いものから順に、声をかけて回っている。一体何をしているのか。一人、また一人と、侍女たちが走り出す。何をしているんだ、お前は。縫いつけられた鉛の足を、石畳から引き剥がす。
“――今回君たちにあたってもらう任務は――”
「要人警護だ」
両手で頬を叩く音が、重たい枷を断ち切った。散発的な爆音が、街中に広がってゆく。同期の中で一番になって、特務隊で活躍して、幕僚にならなければならない。この程度の事態など、難なく切り抜けなくてはいけないのだ。怖気づいて立ち尽くしている暇など、どこにもない。切り詰められた時間の中を、鋭利な計算が駆け巡る――空の敵、民間人、亜邦、増援、宿合――まずは、退路の確保だ。
「洛澄だ。今すぐ出せる船はあるか!」




