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お嬢様
「準備が整いました、参りましょう」
部屋の中から、千波の声がした。息を吸いこんで重たい扉を開くと、透き通った逆光の中、礼装の千波が立っていた。袖のない細身のローブの上から、前合わせの上着をはだけて、鮮やかな紫のリボンで締めている。真っ白な薄手の上着の表面には金糸で細かな刺繍が入り、紫がかったローブと相まって睡蓮の気品を演出していた。自ら擲った光景の中心に不溜人の娘を見つけて、痺れた頭の中に冷たく淀んだ血が駆け巡る。
「どうかなさいましたか?」
覗き込んだ千波の顔があまりにも近すぎて、風音は思わずのけぞった。
「何でもない――そんなことより、頭を近づけるな。刺さるだろうが」
「ごめんなさい。私も、重いのであまり好きではないのですが」
大仰な髪飾りには、ヴェールまでついていた。頭が一回りは大きく見える代物だ。千波の肩を押し返して、廊下に目を走らせる。予定よりも少し早いが、宿合はすでに持ち場についているだろう。何も言わずに切り返すと、風音はずんずんと歩き出した。




