仮面
「宿合さん、そんなところで油を売ってないで――」
怪しげな雑貨を相手に、にらめっこが一時ほど続いていた。半ばお遊びの仕事とはいえ、約束の刻限に遅れていくのはまずい。
「あと少し、あと少しで決めるよ」
言いながら、また店員に新しい品を持ってこさせている。薄闇に積み上がったガラクタの隙間を漂う、劣らず年季の入った焼香に、風音は鼻をつまんで耐えていた。埃の積もった箪笥によりかかると、木彫りの仮面と目が合った。大きく開いた口の上には、色とりどりに縁取られた穴が7つもあいている。一向に終わりそうにない買い物に、目を閉じて、聞こえない程度の溜息をつく。
「今回君たちにあたってもらう任務は、要人警護だ。陀求社からの依頼なんだが、相手が女性ということで君に回って来た。春の国の商業組合代表のお孫さんで、風幡千波というそうだ――年も近いから、ちょうど良いだろうということか」
書類を日の光にすかして、革張りの椅子に沈みこみながら、隊長は深いため息をついた。
「轍辺という港町で、本日正午から行われるセレモニーに、彼女が出席することになった。この娘は婆羅門の私生児でな――陀求社が動いた理由の一つはそれだ」
風音は、一通り書類に目を通し、顔を上げた。隊長の影は、かなたの空に焼きついている。
「もう一つは……けん制ですか……」
「内向きの、だけどな」
宿合は肩をすくめて、隊長に視線をよこした。苦笑して、隊長が向き直る。
「快くは受け入れてもらえないだろうが、それ以外は楽な仕事だ。まずは、報告書や特務隊の仕組みになれるところから始めるといい。華々しい任務を用意したいとも思ったが、状況が状況だ。贅沢は言えん」
窓から差し込む朝日の中、姿勢を正して、風音は左胸に拳をあてた。
「お心遣い感謝します。ご安心いただくためにも、完璧にこなして見せます」
「なるほど……期待しているよ。ただし、あまり肩に力を入れすぎないようにな。宿合、足を引っ張るなよ」
後頭部を左手でけだるそうに掻きながら、にやりと笑う隊長に、宿合はあいまいな笑みで応えた。ほんの一瞬、濃密な沈黙が流れた。
「全く、かなわないよなぁ……了解しました、隊長」
「……れと、どっちがいいと思う?俺はやっぱり右側がいいと思うんだけど――お前から見た方の、だぞ、一応」
不意の問いかけにさえぎられ、浮かびかかった疑問が空回りする。慌てて振り返った風音の目の前には、毒々しい木彫りの人形が掲げられていた。
「み、右側の方がいいと思います。その……色づ――表情が豊かですから」
必死に拾い集めた言葉は、宿合には不満だったらしい。
「なんだよ、はっきりしないな。たまにしか会えない娘の笑顔がかかってるんだ。もう少しちゃんと考えてくれよ」
まともに考えて、どうしてこの人形で子供が喜ぶところが思い浮かぶのか。答えに窮した風音は、ゆらゆらと漂う視線で骨董屋に助けを求めた。専門家は、もっともらしい逸話を作り上げようと眉を絞って想像力を走らせたが、遥かな名案を、それよりも一歩早く思いついたのは、宿合の方だった。




