入隊
「……の文献にある、『明真名』の記述と似ていることから、『明」と呼称することになった。五日以降、目だった動きはないが、まだまだ予断を許さぬ状況だ。混乱に乗じた不穏な動きも報告されている。諸君には、通常の任務に加え、戦線の補強に奔走してもらうことになる。忙しくなるが、音を上げずに頑張ってほしい。それと――」
隊長は、差し込む光のなか、ゆっくりと手招きした。会釈をして立ち上がり、隊長の隣へ向かう風音を、幾つかのささやきが追いかける。
「本日よりわが隊の所属になる、不知火風音君だ。しばらくは、みんなに面倒を見てもらうことになる。よろしく頼むぞ」
歩み出て、左胸に拳をあてる。
「未熟者ですが、一日も早くお役に立てるよう、努力は惜しみません――よろしくお願いします」
部屋を満たした無難な拍手に、そっと溜息をつく。単独任務が主とは言っても、うまくやっていくに越したことはない。
「よし。それでは解散。宿合と不知火は後で私の部屋に来るように――初仕事だ」
冷たい音を立てて扉が閉まると、隊員たちがあいさつに集まってきた。名前と顔を合わせながら、ありきたりな質問をごまかしていく。いくつもの頭の向こうに、宿合が手を挙げたのが見えたその時、長靴の踵が机を叩いた。
「騒ぐなよ、みっともねぇ――このメンツで、女に困ってる奴が居るわけじゃあないだろう」
灰色の髪を立てた、焼けた鉄の匂いがする男だった。窓側の、一番奥の席にもたれかかり、逆光に沈んだ鋭い眼で会議室を凍りつかせる。
「それでも、やはり快挙というべきだろう。名門の出でもあるし――期待してるんだよ、皆」
長身の優男が、ひらりと前に歩み出た。差し込んだ光の奥から聞こえてきたのは、小さな舌打ちだ。音を立てて影が乱暴に立ち上がり、優男に近づいた。
「不知火って言っても、妹の方じゃあね。本当に、大丈夫かい、斎柳さんよ?」
肩をすくめて、見降ろす視線を、まっすぐににらみ返す。男の口元が、一瞬歪んだように見えた。静かな緊張の中、不思議な敵意が緩やかに部屋を満たしていく。風音が何かに気が付いたとき、扉の開く音がした。髪の短い小太りの登場で、いびつな均衡が崩れる。
「あんまり騒ぐなよ、神路。そんなに気になるならさ……こいつの試合、見た奴がいたんじゃなかったっけ?ほら」
「岩澄でしょう。もう行ったみたいだけど、それなりに褒めてましたよ」
仲間を掻き分けた宿合が、初めて口を開いた。小太りの男が、腕を組んで首をかしげる。
「変だな……後輩が欲しい欲しいって、連呼してたろ、あいつ」
わざとらしい溜息をつき、机の上に座りこむ神路。片膝を抱えてのけぞった。
「アテにならないな、岩澄じゃ、どのみち」
諌めようとする二人を、押しのけて前に出た。
「お相手願えるなら、今からでもお見せしますが」
天井を仰いだ神路の口が、傷跡のようにばっくりと開いた。むき出しになった歯が、陰の中で鈍い光を放つ。かすれた大きな笑い声に、精鋭の男たちが強張った。頭の中を血が駆け巡り、じんじんと唸りを上げる。ゆっくりと唾を飲み下し、それでも目は反らさない。反らしたなら、こちらの負けだと分かっていたからだ。
「ハッタリが言えるだけ、岩澄よりはマシか――下の名前は、風音だったな」
するりと机の上から下りて、一瞥をくれた。
「はい」
風音の答えを確認すると、不敵な笑みを残したまま、神路は扉の方へ進んでいった。小さな金属音を追って、いくつもの溜息が放される。ささやきが息を整えるまで、細かい埃が光の底に沈んでいくのを見守っていた。




