弱点
目標の周囲だけが、町並みの中、二重の輪に切り取られていた。挟まれた車輪状の部分だけが、切り抜き穴の下で揺れ動いている。
『境界面か!』
雨雲の近くを飛でいる時、ある面を境に向こう側がずれて見えることがある。阿那の攻撃を四度防いでいた、それが障壁の正体だった。湿気を吸って、竜の翼が重くなるため、滅多に観測されないが、知識としてなら、風音も知っていた。直接こちらを弾けないなら、攻撃は簡単だ。
街の上を這っていた目標が、時計台をよけようと、向きを変えた一瞬だった。阿那は、動きの止まった目標に、猛然と襲いかかった。気づいて迎撃はしてきたが、鋭い虹を縫うようにロールしながら、間合いのうちへ一気に飛び込む。
そのとき、亜邦をかすめた虹の一本が、時計台に直撃した。赤く照らされた煉瓦の壁が、傷口から土煙りを吹きだす。弾け飛んだ煉瓦の破片が、歪められた球面を、奇妙な軌道を描いてすりぬけてゆく。
『風音!』
偶然のチャンスが、翻って牙をむいた。阿那の体を傾けて、急旋回。肩にかかった大きな力が、耳障りな音を立てる。立ち上がりに通灯を使って、一気に離脱した。音を立てながらゆっくりと倒れこむ時計台が、互いの間合いをたたき割る。舞いあがった土煙りをにらみながら、風音は再び隙を窺った。
風音が真上につこうとするたび、目標は器用に逃げ回った。火の手がじわじわと広がっていく一方で、次第にけん制も激しくなってくる。陀求社に回った味方も、いくらか減って、消耗戦の相を呈していた。
さっきのチャンスも、相手が低空を飛んでいるから生まれたもので、高度を上げられたなら、ほとんど捕まえようがない――違う。風音は、思い違いに気づいた。直上に死角を持つ相手が、リスクを冒して低空を飛んでいることには、それなりの理由がある。
滑り降りるように目標に近づき、バンクして上昇する。同じ動作を繰り返しながら、風音は少しずつ、敵を大通りの方向に追いやっていった。白い巨体が蛇行しながら、町並みの淵に近づいていく。剥がれおちた敵の影を認めると、ゆるやかに翼端を捻って、亜邦は夜空をするどく駆け下りた。けん制の初太刀が、視界に飛び込んでくる。虹に絡みつくように、奔放な羅線を描く。懐には引き入れまいと、敵も斉射で迎え撃つ。引き絞られた赤い翼は、放たれた網の脇をすり抜けた。目標を通り過ぎ、石畳に積もった冷たさをかすめる。仰向けに反転した亜邦が、通灯で強引に体を浮かせる。閃光の滑った後に黒い焦げ目が尾を引いた。
予想通り、足元に盾はない。虹の鞭は曲がりきらずに、通りの家屋を引き裂いた。不安定な姿勢から、狙いを定めた『崇喇』は、見上げる闇夜を薙ぎ払い、二つの殻の間、目標の本体を溶断、 儚い灯りを吹き飛ばす。底のない夜を、鋭い残影が貫いた。
支えと輝きを失って崩れ落ちる残骸が、いつまでも目に残った。




