洞察
最初に口を開いたのは、果奈だった。
『敵は徐々に洛澄本部から手を引いて、陀求社の方に傾けています』
鍵悟が軽く頷き、果奈に話しかけようとしたとき、
『支部局長、もう一つ、気になる点があります』
幾起の裾を引っ張っていた果奈は、鍵悟の鷹揚な答えに目を丸くした。
『ふむ。何かな?』
重たい眼差しに射抜かれて、流石の幾起も、こわばった顔つきになる。
『自分が、目標を撒くために、市街に入って――』
『玄谷。話す順番が逆だ。こちらの動きが把握されているかもしれない、と言いたいのだろう?』
風音に先をこされても、幾起は何も言わなかった。
『複雑な経路を辿っていた我々に、速さで劣る相手がついてこられたのは、最短経路を通ったから。すなわち、市中の様子と、 我々の動きを知っていたからではないか、と考えているのです。無論、確証はありませんが』
一瞬の沈黙の後、鍵悟が唸った。
『指揮系統が存在するのか、鼻が利くのか……後者だろうな』
『ええ、どの個体も動きが単純ですからね。組織だった動きができるようには見えません』
ゆっくりと把華が立ち上がる。次の動きが決まったようだ。
亜邦と居虎も立ち上がろうとしたとき、声が上がった。果奈だ。
『ちょっと待って……下さい』
飛び立つ機会を逸して、鍵悟も気が立ったのか、
『なんだね』
と、短く聞き返した。
『果奈。自体は緊急を要する。ぐずぐずしてはいられないんだ』
すげなく黙らせようとする風音をいさめたのは、しかし、鍵悟だった。
『風音、黙りなさい……果奈君、続けてくれたまえ』
唯祈が一瞬、亜邦の瞳を覗き込んだ。果奈はおずおずと話し始める。
『……はい。ここで偵察を始めてからしばらくして気が付いたのですが――ときどき街の上空に靄のようなものが見えるんです』
『ふむ。確かに気になるな。果奈君、君はどう思う?』
『それが、気のせいかもしれませんが……すっと眺めているうちに、靄がかかる度、敵の配置が変わっているような気がするんです。ですから――』
『何者かがそうやって指示を出している、そうだな』
『はい』
皆が戦場を振り返ったその時、煙に濁った夜空の上に、鮮やかな虹が舞った。靄と呼ぶには鋭すぎる光が、一瞬だけ昼間の町並みを蘇らせる。そこ知れない冷たさに、心臓が縮みあがった。
『動いた!』
洛澄本部で戦っていた敵部隊が、一斉に飛び立った。後ずさる足音を、重なり合った怪音が呑み込む。
『調べてみる価値はあるかもしれんな。風音、行くぞ。果奈君と玄谷君は、陀求社に回ってくれ』
軽く助走をつけた把華は、ふわりと夜風に飛び乗ると、ぐんぐんと上昇していった。震える足で赤土を踏みしめ、大きな背中を追いかける。小さくなってゆく唯祈と居虎の羽音を確かめながら、目の前に広がる暗闇を睨んだ。




