危機
手持ちの已然石は3つ。風音が使って相手に効きそうな破羅輪呪は、『吐呪』くらいのものだった。それとて阿那の『椏殻』ほどの威力があるかも怪しい。『椏殻』で相手の注意を引きつけて、果奈から引き離しにかかった。
敵の位置を確認しながら、隣の厩舎に駆け込む。撃ってしまった以上、後戻りはできない。生唾と一緒に、せり上がってきた心臓を呑みこんだ。竜達のざわめきのむこうから耳に障る音がゆっくりと近づいてきた。
恐ろしくゆっくりと近づいてくる。すえたにおいのする空気は、どろりとしてのどを通らない。
3度目の掃射。床に伏せた風音の頭上を、弾と瓦礫がかすめてゆく。風音は奥の手の『吐呪』を放った。
厩舎の屋根が崩れ落ちると、溢れ出した濃密な空気が、土埃を巻き上げた。一帯に広がった土煙りと轟音を、必死の思いで駆け抜ける。
開けた視界の中、敵の影を探すが、羽音さえも聞こえない。風に飛ばされてきたのか、火のついた木片が、厩舎の間に転がっている。
どこか遠くで、花火の音がした。
砂利をけって飛退く。目の前の闇が、俄かに青白い光を纏い始めた。風音の視線が、その姿に吸い込まれる。すらりと伸びた、透明な翼。乳白色の、筋の入った胴からは、細い首がのびている。竜よりも、とりに似ているが、胴に入った目のような模様以外には、何も付いていなかった。子供のおもちゃのようなそれは、到底生きているように見えなかった。
頭に響くかん高い音が、空き地を大きく震わせた。土埃が少しずつ、怪鳥の周りから押しのけられていく。ゆっくりと突進してくる巨体の脇、舞い上がった土埃の中から脚が生えてくるのを、風音は見た。黒光りする鋭い爪が、滑らかな水晶につきたてられると、碁石がぶつかったような、硬い音がした。『吐呪』は外れていなかった。怪鳥ともみ合う竜の脚には、焼け焦げた鎖がぶら下がっている。敵が地面に叩きつけられた衝撃で、細かい砂利が跳ね上がる。狙い通りの展開だった。
だが、厩舎の方を目指して駆け出したそのとき、唸り声と砂利の音に混じって、通灯の音が聞こえてきた。振り返った風音の瞳に、噴き上がる炎が映る。とりついた竜を振り払おうと、硝子の怪鳥が暴れ出した。振り回された翼の先が、敷き詰められた砂利を弾き飛ばす。引きずる竜にバランスを崩して、地面に頭を打ちつけながら、巨大な力の塊は、こちらに少しずつ近づいてきた。
肉弾戦が大きく跳ねて、砂利を巻き上げて着地したとき、ついに竜が引き剥がされた。背中から落ちた竜が大きな音を立ててバウンドし、長い尾が天を仰いで、繊細な巨体がひっくり返る。重荷のとれた怪鳥も、つんのめって転がりながら、風音に向かって突っ込んできた。




