宿敵
食事を済ませて戻ってきた後は、予定通り、卒業生の控室に向かった。「早くからみんな集まってるだろうし」と果奈が顔を出したがったのだ。ところが、影に沈んだ渡り廊下の半ば、風音は急に呼びとめられた。
「よう、不知火。果奈も、元気してたか」
「玄谷か。なんでこんな所にいる」
負けじと風音は食ってかかった。
「せっかく石膏人形にしてくれたのに悪りィな。しぶといのが取り柄でね」
こうは言っているが、頭の包帯が痛々しい。強がりもいいところだ。
「あれだけ痛い目にあって、よくもまあ……懲りない男だ」
大げさに肩をすくめて、踵を返すと、
「あの程度で兜を脱ぐと思ったら、大間違いだからな」
大理石の床に革のこすれる大きな音が、廊下の賑わいを切り裂いた。幾起は、目を丸くする。いままでの風音が、とり合った例がなかったのだ。
「幾起、風音まで。ホラ、みんなに見られてるよ」
ぶつかった視線を見つめて、立ち止まる者が出始めた。静まった人ごみが、再びざわめきだす。風音は、口ごもったまま、視線を宙に漂わせた。一体なぜこんなことになるのか、まるで見当がつかない。
「そうだ、幾起。これからみんなの所に顔を出しに行くところだったんだけど、よかったら、一緒に来ない?」
果奈の助け舟に、幾起は頭をかきながら、ばつが悪そうに応じたものの、風音は黙りこくったままだった。張りつめた無表情の下で、何かを考えているのか、一人分の静けさの中にたたずんでいる。果奈の揺れる瞳だけが、その壁の向こうを捉えていた。
風音が口を開いたのは、しばらくして、再び雑踏が流れ出したときだった。
「そういえば、もうすぐ式の打ち合わせの時間だった。先に行っておいてくれ」
「そう、それじゃ、頑張って……」
一言だけ言い残して、薄闇の中に沈んでゆく風音が、一度だけ振り返った。目に映るのは、ただ、流れてゆく人ごみばかりだ。




