雲
無事出発できた時には、すっかり影が短くなっていた。倍になった荷物をぶら下げ、雲の間を縫って翔る。空の富良樹に近づくにつれ、雲の形や、風の匂いも変わっていった。二人はその間、他愛ないおしゃべりや、その合間に訪れた静寂を楽しんだ。
『風音……本当にあれだけで生活するつもりだったの?』
『せっかく荷物を減らしたと思ったら、これだからな』
『柏木さんが、せっかく用意してくれたのに』
『……』
翼の先をよじって風を捕まえると、亜邦の体はぐんと持ちあがった。通灯を使って追いついてきた唯祈を目の端で認める。
『片付けなら、私、手伝うから……』
『違う。小回りが利かなくなるからだ。いざという時に戦えないようでは、兵とはいえない』
雲をよけるため、体を左に傾けて大回りに曲がった。掴んだ荷物が、振り子のように戻ってくる。右肩に力を入れて、輝く白の上澄みをなぞった。
『そうだ、風音。昨日、あのあとどうなったの?』
『あの後?母上のことか』
『うん、ほら、今朝もお見えにならなかったし……』
『大したことは言われなかったぞ。さすがにもう分かっていらっしゃるのだろう、もう止めるには遅すぎる』
雲の影に入ると、静かに肌寒さが這い上がってきた。
『……そっか。うん、それなら、いいんだけれど』
『迂回は面倒だ。突っ切るぞ』
目の前に現れた、ひときわ大きな雲に、風音は飛び込んでいってしまった。
『風音、待ってよ』
渋々、果奈もついてゆく。
雲の中は、鈍い灰色で満ちていた。通り抜ければ、この雲の先に空の富良樹が視界に入るはずだが、どんよりと、どこまでも底がない。風音は、思わず母の言葉を思い出す。果奈にも、同じことを言われるかもしれない、いや、確信が持てないから、言わずにいるだけなのだ。いきなりの突風にあおられ、はっとして唯祈の姿を後方に求めた、そのときだった。目の前で、光が、弾けた。




