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簒奪劇のあとに

「ふはははは、そうかあやつが死んだか」

 国王の執務室は心底愉快そうな主の声に支配されていた。この喜びようも王からすれば当然のことである。

「ギルバーオレスト家のくたばりぞこないめがな」

 臣下でありながらまさに目の上のこぶであったギルバーオレスト元公爵が死んだという知らせが舞い込んだのだから。そもそも王も死んだ老人も表には出ず後ろから謀略を練って自身の目的を達成する似たもの同士。表面上は主従であっても水面下の謀略戦は数多くあった。

「思えば長き因縁よな。父上が身罷った時あの老人は弟を王にせんとたくらみおった。偽王女(あれ)へ孫の小せがれが求婚した時、余は小せがれの独断と見たが……」

 謀略として、かの老人が糸を引いていてもおかしくなかったのである。

「持つべきものは優秀な臣下よ」

 城下で暴れた正体不明の男達を近衛騎士団の騎士が捕らえた、しかもそれはギルバーオレスト家の手の者であったらしい。

「あの時小せがれの暴挙を止められ無かったは余の臣下が優れていたのか、あやつの家臣が無能であったか。いずれにしても内部の対立を疑うこともあれがなくてはなかったであろうな」

 不自然さを感じた王は推測し、裏付けをはかる為に細作(くさ)を差し向けた。

「おそらくだが、あの求婚は嫡男の独断。しかもギルバーオレスト家の元当主と……いや前当主とあの嫡男は対立しておると余は見る」

 臣下の前で語った言葉を肯定する材料を細作は持ち帰り、国王は問題の公爵家嫡男と瓜二つの侍女を城内に見つけて現状を優位に運ぶ名案を思いつく。事実を知る者が居たとすれば、呆れるであろう『当人を捕らえて当人の身代わりに仕立てる』と言うアイデアを。

「これで、小せがれの首をあの娘とすげ替えられればギルバーオレスト家との因縁も終わりよ」

 国王はまだ知らなかった。自身が拉致させた侍女が正真正銘ギルバーオレスト家の令嬢であったことも、その令嬢が中心となって自分の首と王位を狙った策略が密かに動きつつあることを。

「あの娘が産んだ子は余の孫、今までとは違う良い関係が築いてゆけることであろう」

 ただ、都合の良いことを吹き込んで育てた偽王女の子を思うように動かし己が権力を思うがままに振るう姿を夢想し国王は口の端をつり上げた。心地よい光景であった、王にとっては。

「陛下」

 自身を呼ぶ声で現実に引き戻されなければ、国の行く末をもう少し堪能できたことだろう。

「何事だ」

 明るい未来の想像図を中断させた臣下に王が問えば、問われた臣下はかしこまって目通り願っている者が居ることを伝える。

「何でも至急お耳に入れたい事があるとかで」

「ほほう。確か、あの時ギルバーオレスト家の手の者を捕らえた男であったな。通すが良い」

 目通りを願った男の名はミゲル。レイラの友人にして近衛騎士団の大隊長を務めるあのミゲルであった。

「私のような者が拝謁を賜り、恐悦至極に――」

「よい。して、余の耳に入れたいこととは何だ?」

 形式ばった挨拶を制した王にミゲルが語ったのは、国王への暗殺計画が進行中であるというもの。

「ふむ、不届きにも余を亡き者にせんと企む者が居るというのか。あいわかった」

 国王は鷹揚に頷くと側に控えていた文官に何事かを囁き、再びミゲルに向き直る。

「しかし、そちはギルバーオレストの息子とは親しいのではなかったか?」

「それ以前に私は陛下にお仕えする近衛騎士です」

 国王からすれば目の前の大隊長は自分が取り除こうとする公爵家嫡男の親しい友人でもあった筈。むろん、こんな事を王が知っているのも公爵家の嫡男を偽物とすり替える策のおりレイルと親しい人物を徹底的に調べさせたからである。

「そちの忠義はありがたいが、余には少々見え透いて見えるのでな。者ども」

「「はっ」」

「この者を牢へ繋ぎ見張りをつけよ」

 故に王はミゲルの語った言葉を信じることが出来なかった。

「何を思って余の前に現れたかは知らんが、ちょうど良い。よいか、あの者を牢に入れるようには命じたが同時に決して死なせてはならん」

 ただ、ミゲルにはまだ価値が残っていたことも事実だった。

「公爵家の小せがれをあの娘と入れ替えたおり、入れ替えに真っ先に気づくとすればあの者であろう」

 そのミゲルにすり替えた娘が本物のレイルであると言わせることが出来たなら、計画も進めやすくなるのは間違いない。

「しかし陛下、あの者が陛下に従わぬ場合は?」

「そのようなことあろう筈がなかろう? 余は国王であるぞ?」

 臣下の疑問に、国王は笑みと言葉の双方で答えた。言下に従わぬ時はいくつもの手段を用意していると続けて。

「ははっ、陛下のお言葉もっともにございます」

「うむ、わかればよい。が、これから忙しくなろうな」

 頭を下げた臣下を一瞥すると王は歩き始める。水面下で謀略戦を繰り広げた相手とはいえ表向きは君主と臣下であるのだ。息子に地位を譲っているとはいえ元は国内にて五本の指に入る大貴族が亡くなったのなら君主としては相応の対応を求められる。

「表だけでなく、裏もまた」

 謀略面でも公爵家につけ込む絶好の機会なのだから。

「現公爵は父の操り人形でしかあるまい。主と仰ぐ者の無くなった家臣や分家の者どもも今までの主と不仲であった子せがれには膝を折りづらかろう」

 間隙を利用して何人かを味方に引き込めれば、なにかとやり易くなる。

「ふむ、やることが多いとどこから手を付ければよいかいささか戸惑うわ」

 言いつつも王の顔には自然に笑みが浮かんだ。最大の障害が消え、残るは一跨ぎで越えてしまえる小石のような小者が数人残っているだけである。内、一番大きな石も近いうちに取り除かれることだろう。

「あの娘も良い拾いものであったわ」

 報告では、子せがれの代理にすげる予定の娘はなかなか筋が良いとある。まるで素人だったとは思えない呑み込みの早さで、騎士の礼をとっても見破られることはないだろうと教師役の騎士が太鼓判さえ押して見せたという。

「まったくでありますな。……ん?」

 自身の独り言に追従した文官が訝しげな声を発した時も、王はまだ己の甘い夢から覚めていなかった。

「なんだ貴様は、護衛の兵など追加で呼んだ覚……ぎゃぁぁぁっ!」

 国王を現実に引き戻したのは、文官の上げた断末魔と頬にまで飛んできた血の一滴だった。

「何が、まさか……あの者の言葉が真であったと言うか」

 先ほど目通りを願ってきたミゲルという大隊長が明かした『国王の暗殺計画』。混乱を狙った虚言だと捨て置いたことを王は後悔し、逃げながら叫ぶ。

「誰ぞ、近衛騎士団に伝えよ。第一王子(シアン)が謀反を企てた、一隊をここに向け我が身を守り、もう一隊を用いて奴を誅殺せよ、と」

 ミゲルは首謀者を第一王子だと言った。

「陛下は最近王女を気にかけているご様子、シアン様はここの所陛下が自分を差し置いて王女を女王に据えるのではとお疑いを抱いていらしたようです」

 王女が偽物だと知るのは王と腹心、そして王女の身の回りの世話をする者のみ。第一王子からすれば、国内有数の貴族と結婚話の持ち上がっている王女は自分の地位を脅かす存在に見えたらしい。

「おのれ、ならばあの偽物を討てばよいではないか」

 事実、王を狙うのは少々おかしい。もちろん、第一王子が父の暗殺に踏み切ったのも王女ではなく王を標的にしたのにも理由はある。

「陛下、ご無事ですか?」

「おおっ」

 近衛騎士の鎧に身をまとった人影を目にとめて王は歓喜の声を上げた。助かったと思ったのだ。

「うむ、余は無事よ。真っ先に余のもとに駆けつけるとは見事、のちに褒美を取らそう。その時は望むものを言うがよいぞ」

「はっ、身に余る光栄に存じます」

 近衛騎士は思わず目を奪われるほど見事な騎士の礼をもって国王の言葉に応じると、鞘に手を添え抜刀する。王は現在暗殺者に狙われている状態、護衛に駆けつけた騎士が剣を抜くのは何もおかしいことはない。

「では……王座を頂きたく存じます」

「何! まさかお前は……ギルバーオレストの子せが」

 だから、騎士の顔に王が気づいたのはレイラの剣が王に届く位置まで近づいた後のことで。

「いいえ、陛下のお指図で浚われたただの侍女にございますわ」

 銀の光と化した刃が身に届く直前、ようやく王は気が付いた。王子がなぜこのタイミングで暗殺などに踏み切ったのかも、誰が後ろで糸を引いていたのかも、そして――目の前の騎士をレイルだと思っていた自分の誤解にも。

「ようやく、すべてが終わったな。第一王子の誅殺にはお兄様が出向いているからお兄様が疑われることもないだろうし」

 あとはレイラが侍女に戻ってしまえば疑う者は誰もいないという筋書きである。

「おっと、ミゲルも助けに行かないとな。まあ、主君暗殺に力を貸せないっていうのは騎士として正しかったんだろうけど」

 ミゲルは王に言わなかったことがあった。第一王子の行った暗殺計画の裏で動いていたレイラ発案の暗殺計画。もっとも、そこまで打ち明けても信用されはしなかったであろうし、第一王子の計画を明かした直後に投獄されたミゲルには忠告することも不可能であった。

「まあ、部下を信用できないと足元を掬われるってことだな、うむ」

 甲冑を脱ぐための空き部屋を捜して歩きながら、レイラは己の言葉に頷く。

「やったぞ、国王を討ち取ったぞー!」

「おのれっ、よくも陛下を……皆、奴らを一人たりとて生かして帰すなっ!」

 レイラの背後から聞こえたのは、レイラの手柄を横取りした暗殺者の声といきり立った近衛騎士の声。きわどいタイミングで国王の呼んだ近衛騎士達が王の元にたどり着いたらしい。怒声や罵声に剣戟の音が混じり始め、レイラはかすかに眉をひそめた。

「加勢したいって言うのは偽善だよなぁ」

 戦う者のうち近衛騎士のほうはレイラとも長年の付き合いがある同僚達の筈なのだ。もちろん、姿を見られるわけにはいかないレイラにとって加勢はかなわぬことなのだが。

「そもそも、後悔するぐらいなら諦めなきゃいけなかったんだ。ここは悪役になっておこう」

 自身に言い聞かせつつも、レイラは胸中で願う。

(皆、どうか無事で)

 同僚の無事を願うのは偽善であり矛盾であったかもしれなかったけれど。

「皆、すまない。そしてありがとう」

 誰にも聞かれることはない謝罪と礼の言葉。やがて着替えを終えて鎧を始末したレイラは、逃げ惑う使用人や侍女に紛れて最愛の人が待つ場所へとたどり着くこととなる。

「姫、レイラはただ今戻りました」

 これが、歴史に語られることの無かった国王暗殺劇の全貌である。



「こうして私は姫を王位につけることが出来たわけだ」

「出来た訳だ、じゃなぁぁい!」

「うぐっ」

 満面の笑みで戦果報告をしたレイラに待っていたのは、幼なじみの侍女(アンナ)に襟首を掴まれてガクンガクン揺すられる運命だった。

「心配したんですよ? ミゲル様も戻ってこないし、私一人残されて……」

 ただ一人の主なのだ。アンナからすれば心配なのは当然のことで、居ても立っても居られなかったのだろう。おまけに最愛の人までそばに居らず、ひとりぼっちだったのだ。

「すまない」

 レイラは甘んじて受け入れていた。アンナの怒りを。

「だがな……人払いはしてあるとはいえ、今の私はこの国の女王の夫なんだぞ? 人が見たらどう思われるやら」

「わかっています。ですが、レイラ様は私の……」

「うん、そうだ。幼なじみで、友達だ」

 ずり落ちかけた宝冠を押さえながらレイラはアンナに笑いかけ、もう一方の手で抱き寄せる。

「しかし、こう、何だな……王妃さまになりたかったわけじゃないんだが、微妙な歯がゆさがあるな」

 少年を少年のまま王位につけるには王位継承順位が足らず、かといってこの以上の流血を望まなかったレイラ達は偽王女を偽女王に据えることで目的を達成とした。レイラの立ち位置については基本的に捕まっていたころと変わらず、しいて言うなら王女付きの侍女が女王付きの侍女にランクアップしたぐらいだ。

「普通の夫婦として少年と暮せるのはもう少し先か」

 この後のシナリオだが『女王はやがてレイルの子を懐妊するも出産が難産となり、己の命を子にやってこの世を去る』というものになっている。当然、この時生まれたことになる赤ん坊はレイラが生むのだ。

「こんどこそ私の正念場だな。気合を入れて少年を押し倒さないと」

「レイラ様、その時点でいろいろ間違っていませんか?」

「そうかもしれないが、私にとっては最優先事項なんだ」

 王女が死んだことになれば少年ももう身代わりを続ける必要はなく、元の家に戻るなり適当な貴族の家に養子縁組されるなりしてレイラとの真っ当な生活を送ることが出来る。レイラにとってはあこがれのハッピーエンドが見えているのだ。

「ここで躊躇したら男じゃない。まあ、男ではないが……そんな感じで頑張ってみようと思う」

「ここは嘘でも応援しておくべきだと思うのですが、何というか……」

 アンナは痛む頭を押さえつつ、ため息をつく。彼女の主人はこういう人であった。おそらくはこの先も振り回されるのであろう。

「それでだけどな、生まれてくる子供には年の近い友人が必要だと思うんだけどな。ほら、私達のように」

「いえ、仰ってることは正しいのでしょうが……それはつまり」

 もはや聞いてみなくても予想できる答えをアンナは口にする。

「うん、競争だ」

「競争だ、じゃなぁぁぁい!」

 主人のとんでもない物言いにアンナは思わずレイラの頭をひっぱたく。立場が変わってもいつも通りの二人の姿がそこにはあった。



-完-


いやー、長々お付き合いいただいてありがとうございました。

王様とお祖父様を倒し、レイラはようやくハッピーエンドを手に入れ……るまでもう少しかかりそうな感じもしますが、一応大団円となります。


後日談とか番外編は時間ができたら書きたいなとは思っています。

少年の弟さんとか放置しっぱなしですからね。


ともあれ、拙作を最後までお読みいただきありがとうございました。

また機会がありましたら、どこかでお会いしましょう。


では。

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