↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パトローネはタイムカプセル 家族の肖像  作者: しゅんたろう as Augai Moritz


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/13

第六章 似ていない親子



私は、父に似ていないらしい。


少なくとも、若い頃はそう言われることが多かった。


「君は、お父さんとはずいぶん違うね」


「本当に親子なのかと思うくらいだ」


そこまで言われると、さすがに少々面白くない。


父の俊一郎は循環器内科医だった。


医学だけでなく、クラシック音楽、美術、哲学、宗教にも造詣が深い。


バイオリンを弾き、ワーグナーを愛し、暇さえあれば本を読んでいた。


一方、息子の私はといえば、自転車、バイク、時計、カメラ。


興味の対象は、もっぱら機械だった。


父がワーグナーを聴いている横で、私はバイクのエンジン音に胸をときめかせていたのである。


確かに、あまり似ていない。


しかし、だからといって、わざわざ他人から指摘されると腹が立つ。


親子なのだから、少しくらい似ているところもあるだろう。


そう思っていた。


もっとも、当時の私は、自分が父に似ていると言われても、やはり面白くなかったかもしれない。


若い頃の息子というものは、なかなか勝手である。



子供の頃、わが家の居間には、いつも何かしら音楽が流れていた。


父がレコードをかけるのである。


ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー、そしてワーグナー。


どれも立派な音楽なのだろう。


しかし、当時の私には、どこがいいのかさっぱりわからなかった。


何しろ、長い。


しかも、重々しい。


休日の午後、父は椅子に腰掛け、じっと目を閉じて音楽を聴いている。


私は、その横でカメラのカタログを眺めていた。


「お前も、少しは音楽を聴いたらどうだ」


父が言う。


「聴いてるよ」


「本当に聴いているのか」


「聞こえてる」


「聞こえるのと、聴くのとは違う」


なかなか面倒なことを言う。


私は、カタログから目を上げずに答えた。


「じゃあ、聴いてない」


父は、しばらく黙っていた。


そして、また目を閉じた。


この会話は、実際にあったものかどうか、今となっては定かではない。


しかし、父と私の関係は、おおむねこんなものだった。




父は、物事を深く考える人だった。


私は、まず手を動かす方だった。


例えば、時計。


父なら、時計の歴史や機械式時計の構造について、本を読んで調べるだろう。


私は、まず裏蓋を開けてみたくなる。


そして、元に戻せなくなる。


そんなことを何度か経験した。


カメラも同じだった。


シャッターがどう動くのか。


絞りはどういう仕組みなのか。


フィルムは、なぜ光を記録できるのか。


もちろん、理屈にも興味はあった。


しかし、それ以上に、実物を触るのが好きだった。


父の持っていた古いNikon Fも、私にとっては魅力的な機械だった。


ずっしりと重い金属のボディ。


軍艦部に刻まれた大きな「F」の文字。


シャッターを切ると、カシャッという、いかにも機械らしい音がする。


デジタルカメラの電子音とは違う。


中で何かが動いていることが、手に伝わってくる。


父にとって、そのカメラは写真を撮るための道具だった。


私にとっては、それ自体が興味の対象だった。


もっとも、父もカメラが嫌いだったわけではない。


むしろ、若い頃にはずいぶん大切にしていたらしい。


そのことを、私はずっと後になって思い出すことになる。



父と私は、会話の仕方も違っていた。


父は、何かを説明するとき、まず原理から話し始める。


私は、結論を先に知りたい。


「それで、どうすればいいの?」


と尋ねると、父は少し不満そうな顔をした。


「だから、今その説明をしているんだ」


「結論だけ教えてくれればいいのに」


「原理がわからなければ、応用が利かん」


まったく、その通りである。


しかし、子供にとっては、正しいことを言われるのが一番面白くない。


今では、私も若い医師に同じようなことを言っている。


「まず病態生理を考えなさい」


そう言いながら、ふと父の顔が浮かぶ。


なるほど。


人間は、知らないうちに親に似てくるものらしい。



高校生になる頃には、私の興味はますます機械へ向かっていた。


ロードバイクに乗り、バイクに憧れ、カメラを手にする。


当時のカメラは、今のように何でも自動でやってくれるわけではない。


露出を考え、シャッタースピードを決め、ピントを合わせる。


フィルムは三十六枚撮り。


失敗したからといって、その場で撮り直しの結果を確認することもできない。


現像が終わるまで、何が写っているのかわからない。


その不便さが、かえって面白かった。


父は、そんな私を特に叱ることもなかった。


ただ、時々尋ねた。


「勉強はしているのか」


「してるよ」


「本当に?」


「まあ、それなりに」


父は、それ以上追及しなかった。


医学部へ進めとも、医者になれとも、強く言われた記憶はない。


祖母の彩音が小児科医で、父が循環器内科医。


曾祖父の仁左衛門までさかのぼれば、漢方医から三代続く医師の家だった。


だからといって、私が医師にならなければならないという決まりはなかった。


少なくとも、私はそう思っていた。


しかし、結局、私も医学部へ進んだ。


それも、父と同じ大学だった。



大学に入ると、父の名前を知っている人に出会うようになった。


「俊一郎先生の息子さん?」


「はい」


「そうか。お父さんにはお世話になったよ」


そんな会話が、何度も繰り返された。


最初のうちは、少し誇らしかった。


父は、どうやら多くの人に知られているらしい。


ところが、話はたいてい、妙な方向へ進んでいく。


「しかし、君はお父さんとは似ていないね」


また、それである。


何がどう似ていないのか。


容姿なのか。


性格なのか。


それとも、知性なのか。


最後の可能性については、あまり考えたくなかった。


ある先生は、父のことを懐かしそうに語った。


「柊君は、学生の頃から変わっていたなあ」


私は、少し身を乗り出した。


父の若い頃の話は、家ではあまり聞くことがなかった。


「どう変わっていたんですか」


「医学の勉強もしていたが、それ以外のことをよく知っていた。音楽だの哲学だの、何でも話せたよ」


なるほど。


家での父と、あまり変わらない。


「それで、君は何が好きなんだ」


「カメラとか、バイクとか」


先生は笑った。


「やっぱり似ていないなあ」


私は、少々がっかりした。


せっかく父の昔話が聞けると思ったのに、結局そこへ戻ってしまうのである。




大学を卒業し、私は内科の道へ進んだ。


専門に選んだのは、呼吸器内科だった。


父は心臓。


私は肺。


同じ胸の中にある臓器なのだから、そう遠くはない。


ただし、循環器内科医と呼吸器内科医では、病気の見方も、使う検査も違う。


父は心電図を読み、私は胸部X線写真を読む。


父は心臓の音に耳を澄ませ、私は肺の呼吸音を聞く。


もちろん、実際の診療はそんなに単純ではない。


心臓が悪くなれば肺にも影響するし、肺の病気が心臓に負担をかけることもある。


人間の身体は、診療科ごとに分かれているわけではないのである。


私は、父の同級生だった教授のもとで学ぶことになった。


これも、なかなか不思議な縁だった。


父と同じ大学で学び、父を知る教授のもとで医師としての修業を始める。


医者の世界というのは、案外狭い。


もっとも、その教授も、父のことをよく覚えていた。


「お父さんは、なかなか面白い優秀な男だったよ」


そう言って、昔の話をしてくれた。


私は、父が学生時代にどんな人物だったのか、興味深く聞いた。


ところが、最後にまた言われた。


「君は、あまりお父さんと似ていないね」


どうやら、この評価から逃れることはできないらしい。



若い医師だった頃、私は父のような医者になりたいとは、あまり思っていなかった。


もちろん、父を尊敬していなかったわけではない。


ただ、自分は自分のやり方で医師になりたかったのである。


父は、医学だけでなく、幅広い教養を持っていた。


私は、まず目の前の患者をきちんと診られる医師になりたかった。


呼吸困難の患者が来れば、何が起きているのかを考える。


胸部X線写真に異常があれば、その原因を調べる。


肺炎、気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患、肺癌。


覚えなければならないことはいくらでもあった。


当直では眠れない夜も多かった。


そんな毎日を送っていると、ワーグナーを何時間も聴いている余裕などない。


哲学書を読む時間があれば、医学書を読みたかった。


美術館へ行くより、休日にはバイクで走りたかった。


父とは違う。


それでいいと思っていた。



しかし、医師として経験を重ねるうちに、少しずつ考えが変わってきた。


病気を診ることと、人間を診ることは、同じではない。


例えば、同じ肺炎でも、患者によって治療の意味は違う。


若い人なら、病気を治して元の生活に戻ることが目標になる。


しかし、九十歳を超える高齢者では、事情が異なることもある。


治療を続けることが、本当にその人の幸せにつながるのか。


どこまで医療を行うべきなのか。


患者本人は、何を望んでいるのか。


医学書には、必ずしも答えが書いていない。


そんな問題に向き合うようになると、父が若い頃から哲学や宗教に関心を持っていた理由が、少しわかるようになった。


医学は、病気を治すための学問である。


しかし、医師が向き合うのは、病気だけではない。


病気を抱えた人間そのものなのだ。


父は、そのことを、私よりずっと早く考えていたのかもしれない。


もっとも、本人にそんな話をしたことはない。


何となく照れくさいのである。



不思議なことに、年齢を重ねるにつれ、父が好きだったものを、私も楽しむようになった。


まず、クラシック音楽。


若い頃には長くて退屈だった曲が、いつの間にか心地よく聞こえるようになった。


もちろん、今でもワーグナーを何時間も聴き続けるには、多少の覚悟がいる。


しかし、以前のように、早く終わらないかと思うことはなくなった。


東京などで学会があるというと必ず美術館にも行くようになった。


絵の前で立ち止まり、作者が何を考えていたのか想像する。


若い頃には、そんなことをする父が不思議だった。


ところが、今では自分が同じことをしている。


宗教や哲学にも関心を持つようになった。


医師として多くの人の生と死に向き合ううちに、自然と考えるようになったのである。


人は、なぜ生きるのか。


幸せとは何か。


死をどう受け止めればよいのか。


答えの出ない問題ばかりだ。


しかし、考えること自体に意味があるような気がしている。


気づけば、父と同じ道を歩いていた。


ずいぶん遠回りをしたものである。



ある日、父の家を訪ねた。


父は、いつものように本を読んでいた。


九十二歳になった今も、元気そのものだ。


「何を読んでいるの?」


私が尋ねる。


父は本の表紙を見せた。


医学書ではなかった。


哲学に関する本だった。


「まだ、そんな難しい本を読んでいるの?」


「難しいから面白いんだ」


父は、当たり前のように答えた。


私は笑った。


若い頃なら、きっと呆れていただろう。


しかし、今では少し理解できる。


「最近、僕もそういう本を読むようになったよ」


父は、ちらりと私を見た。


「そうか」


それだけだった。


褒めるでもなく、驚くでもない。


いかにも父らしい反応である。


しばらくして、父が言った。


「お前も、ようやく年を取ったな」


私は苦笑した。


「そういうことかな」


「そういうことだ」


どうやら、父に追いつくには、まだまだ時間がかかりそうである。



父は今も、「百まで生きる」と言っている。


あと八年。


本人は、すっかりそのつもりだ。


私は医師として、健康に気をつけるように言うこともある。


しかし、父は自分の身体のことを、誰よりもよく知っているつもりでいる。


何しろ、循環器内科医だったのである。


「無理しないでよ」


と言うと、


「わかっとる」


と答える。


本当にわかっているかどうかは、少々疑問である。


しかし、九十二歳になっても、自分のやりたいことを持ち、毎日を楽しんでいる。


それは、なかなか素晴らしいことだと思う。


父は、私に医師としての生き方を教えてくれた。


ただし、言葉で教えたわけではない。


自分の好きなことを学び続け、仕事をし、人生を楽しむ。


その姿を、私はずっと見てきたのである。


祖母の彩音が、岡山から来た少年にそうしたように。




最近、父と私が似ていると言われることがある。


若い頃には、あれほど似ていないと言われていたのに。


「お父さんに似てきましたね」


そう言われると、今では少し嬉しい。


ただし、父のように九十二歳になっても元気でいられるかどうかは、まだわからない。


父は百歳を目指している。


私も、できれば百歳まで生きたいと思っている。


もっとも、二人とも百歳まで生きるとなると、なかなか大変だ。


父が百歳になったとき、私は何歳になっているのだろう。


そんな計算をしながら、少し笑ってしまう。


父は、私の知らない時代を生きてきた。


岡山の農村で生まれ、彩音のもとへ里子に出され、医師となり、母と出会った。


私は、その後の父しか知らない。


父がどんな青年だったのか。


母とどんな恋をしたのか。


どんな気持ちで家庭を築いたのか。


聞いておけばよかったことは、たくさんある。


しかし、父はまだ元気だ。


聞こうと思えば、今からでも聞ける。


ただし、父が素直に話してくれるかどうかは、別問題である。


「そんな昔のこと、覚えとらん」


そう言って、また本を読み始めるかもしれない。


それでも、いつか聞いてみようと思っている。


そして、父の若い頃の写真も、もう一度探してみたい。


あの古いNikon Fで撮った写真が、どこかに残っているかもしれない。


父がカメラを構え、その向こうで母が笑っていた時間。


私の知らない二人の青春が、まだどこかに眠っているような気がするのである。


もっとも、その前に、私自身の家族の話をしておかなければならない。


私も医師となり、結婚し、三人の子供の父親になった。


そして、思いがけず、医師の家系は五代目へと続いていくことになる。


父と似ていないと言われ続けた息子が、いつの間にか父と同じように、次の世代を見守る立場になっていたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。