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パトローネはタイムカプセル 家族の肖像  作者: しゅんたろう as Augai Moritz


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第五章 十人きょうだいの三女



母の香織は、十人きょうだいの三女だった。


十人である。


今の時代なら、子供が三人いるだけでも大家族と言われる。十人となれば、ちょっとした団体だ。


食事の時間など、さぞ賑やかだっただろう。


ご飯をよそうだけでも一仕事。おかずの取り合いも日常茶飯事だったに違いない。


もっとも、母はそんな環境で育ったせいか、細かいことにはあまりこだわらない人だった。


少々のことでは驚かない。


多少の失敗も笑って済ませる。


父とは、実に対照的だった。


父は五人兄弟の末っ子として生まれたが、幼い頃に里子に出され、独身の女医だった彩音に育てられた。


母は十人きょうだいの賑やかな家庭で育った。


一人で本を読むことに慣れた父と、誰かと話していないと落ち着かない母。


よくもまあ、この二人が結婚したものだと思う。


もっとも、性格が似ている者同士が結婚すればうまくいくという保証もない。


夫婦というものは、医学以上に難しい。



母の子供時代について、私はそれほど詳しく聞いていない。


ただ、運動が得意だったことは知っている。


走るのも速く、身体を動かすことが好きだったらしい。


十人きょうだいのなかで育てば、自然と身体も鍛えられるのかもしれない。


何しろ、何をするにも競争である。


朝起きて顔を洗うにも順番待ち。


食事の席を確保するにも、のんびりしてはいられない。


「香織、早くしなさい!」


そんな声が、毎朝飛び交っていたのだろう。


母は三女だったから、上にも下にも兄弟姉妹がいた。


年上には叱られ、年下の面倒も見る。


そうしているうちに、自然と世話好きになったのかもしれない。


ある日の夕食。


大皿に盛られたおかずを前に、兄弟たちが箸を伸ばす。


「それ、僕の分!」


「早い者勝ちよ!」


「香織姉ちゃん、ずるい!」


母は、きっと笑いながら答えたのだろう。


「ぼんやりしている方が悪いのよ」


もちろん、私の想像である。


しかし、母ならいかにも言いそうな台詞だった。


父がこの食卓に座っていたら、どうなっただろう。


おそらく、食事の作法について何か言い始める。


そして、その間におかずがなくなってしまう。


そんな光景が目に浮かぶ。




母は、やがて看護師となった。


なぜ看護師を志したのか。


これも詳しいことは聞いていない。


人の役に立つ仕事がしたかったのかもしれない。


あるいは、十人きょうだいのなかで育ち、病気になった弟や妹の世話をするうちに、自然と医療に関心を持ったのかもしれない。


いずれにせよ、母は看護師となり、手術室で働くようになった。


手術室という場所は、独特である。


病棟とは違い、患者との会話は限られている。


その代わり、医師や看護師が一つのチームとなり、手術を進めていく。


器械を渡すタイミング。


術者の動き。


麻酔科医との連携。


少しの行き違いが、大きな問題につながることもある。


母は、そんな緊張感のある職場で働いていた。


明るく、おおらかな性格だったとはいえ、仕事となれば話は別だったのだろう。


手術室では、きちんとした判断と、素早い行動が求められる。


母は、そうした仕事に向いていたのかもしれない。


少なくとも、家での母を見る限り、何か起きたときに慌てふためく人ではなかった。


「まあ、何とかなるわよ」


それが母の得意な言葉だった。


医療の現場では、何とかなると思っているだけでは困る。


しかし、必要なことをしたうえで、最後にそう言える人がいると、周囲は案外安心するものである。



そんな母が、父の俊一郎と出会った。


父は循環器内科医。


母は手術室の看護師。


どちらも医療の仕事をしていたが、性格はまるで違った。多分接点もないはずだ。


父は、物事をじっくり考える。


母は、まず行動する。


父は、本を読む。


母は、身体を動かす。


父は、ワーグナーを聴く。


母は、そんな長い音楽を最後まで聴いていられたのだろうか。


私は、少々疑問に思っている。


二人が初めてどんな会話を交わしたのか、残念ながら知らない。


ただ、父の性格から考えると、いきなり気の利いた言葉をかけたとは思えない。


例えば、こんな具合だったのではないだろうか。


「香織さんは、音楽はお好きですか」


「ええ、好きですよ」


「ワーグナーは?」


「……ワーグナー?」


「ドイツの作曲家です」


「ああ、そうなんですか」


「楽劇という形式を発展させた人物でしてね」


「はあ」


父は、そこで止まらない。


「特に『ニーベルングの指環』は――」


母は、きっと途中で笑っただろう。


「先生、難しい話はいいですから、今度どこかへ連れていってください」


父は、少し驚いた顔をしたに違いない。


医学書にも哲学書にも、そんな場面の対処法は書いていない。


もっとも、これも私の想像である。


実際の父は、若い頃には案外、女性に人気があったのかもしれない。


そう考えると、息子としては少々複雑である。



二人は、やがて交際するようになった。


父は、音楽や美術が好きだった。


母は、外へ出かけることが好きだった。


趣味が完全に一致していたわけではない。


しかし、一緒に出かけることは楽しんでいたらしい。


これは、後になって知ったことである。


若い頃の父と母が、二人だけで旅行に出かける。


今の私には、何となく想像しにくい。


父は、いつも真面目な顔をしていた。


母は、そんな父の隣で笑っていた。


私の記憶にある二人は、そんな夫婦だった。


しかし、結婚前には当然、恋人同士だった時代がある。


二人で食事をしたり、映画を見たり、どこかへ出かけたりしたのだろう。


父が母を誘ったのか。


母が父を誘ったのか。


これも、聞いておけばよかったと思うことの一つである。


もっとも、父に尋ねても、


「そんな昔のことは覚えとらん」


と言われそうだ。


母なら、笑いながら何か話してくれたかもしれない。


残念ながら、もう聞くことはできない。




やがて二人は結婚した。


独身の女医だった彩音に育てられた父が、自分の家庭を持つことになったのである。


彩音は、どんな気持ちだっただろう。


岡山から迎えた小さな少年が、医学部へ進み、循環器内科医となり、今度は結婚する。


母親として、これほど嬉しいことはなかったに違いない。


ただし、彩音は、感情を大げさに表す人ではなかったように思う。


「香織さん、俊一郎をよろしくお願いしますね」


そんなふうに、静かに言ったのではないだろうか。


母は、明るく答える。


「はい。お任せください」


父は、その横で黙っている。


この場面も、何となく目に浮かぶ。


彩音と父は、どこか似ていた。


真面目で、理屈っぽく、感情を表に出すのが得意ではない。


血のつながりはない。


それでも、長い年月を一緒に暮らせば、親子は似てくるものなのだろう。


そして、そんな二人の間に、母のような明るい女性が加わった。


家の空気も、ずいぶん変わったに違いない。




結婚生活が始まると、父と母の違いは、ますますはっきりした。


父は、物を大切にする。


母は、必要なら新しいものに替える。


父は、何かを買う前に徹底的に調べる。


母は、気に入れば買ってしまう。


父は、休日に本を読みたい。


母は、どこかへ出かけたい。


よく衝突しなかったものだと思う。


もちろん、喧嘩がなかったわけではないだろう。


しかし、私が子供の頃、二人が激しく言い争う姿を見た記憶はあまりない。


父が何か難しいことを言い始める。


母が、適当に受け流す。


それで終わることが多かった。


ある休日のこと。


父が居間でクラシック音楽を聴いていた。


母が声をかける。


「ねえ、少し買い物に行かない?」


「今、音楽を聴いている」


「帰ってから聴けばいいじゃない」


「今、いいところなんだ」


母は、しばらく父を眺めた。


そして、ひと言。


「じゃあ、終わるまで待ってるわ」


父は満足そうにうなずいた。


ところが、曲はなかなか終わらない。


何しろワーグナーである。


母は、しばらく待っていたが、やがて一人で出かけてしまった。


父が音楽を聴き終えた頃には、母は買い物を済ませて帰ってきていた。


「もう行ってきたわよ」


「そうか」


父は、それだけ答えた。


実際にこんなことがあったかどうかはわからない。


しかし、二人の性格を考えると、十分ありそうな話である。




やがて、私が生まれた。


俊太郎。


父と母にとっては、初めての息子だった。


父は循環器内科医。


母は看護師。


そして祖母は小児科医。


医療関係者に囲まれた家庭である。


普通なら、病気になっても安心できそうなものだ。


ところが、医者の家というのは、案外面倒なところがある。


少し熱が出れば、いろいろな病名が話題に上る。


咳をすれば、父が聴診器を持ってくる。


母は、まず体温を測る。


祖母の彩音まで加われば、ちょっとした診察会議である。


もっとも、私が幼い頃には、そんなことをありがたいとは思わなかった。


ただ、早く遊びに行きたかった。


医者の家に生まれたからといって、子供が医学に興味を持つとは限らないのである。


私が好きだったのは、むしろ機械だった。


自転車、バイク、時計、カメラ。


父の医学書より、カメラのカタログを眺めている方が楽しかった。


父は、そんな私をどう思っていたのだろう。


少なくとも、医者になれと強く言われた記憶はない。


母も同じだった。


「自分の好きなことをすればいいわよ」


そんなふうに考えていたのだと思う。


結果として、私は医師になった。


しかも、父と同じ大学の医学部へ進んだ。


人間の進路というものは、なかなか不思議である。



母は、家庭の中心にいる人だった。


父がどれほど医学や音楽に夢中になっていても、家の中がうまく回っていたのは、母のおかげだったと思う。


母は、父の趣味を無理に理解しようとはしなかった。


しかし、否定もしなかった。


父が音楽を聴いていれば、好きに聴かせておく。


本を読んでいれば、邪魔をしない。


その代わり、必要なときには遠慮なく声をかける。


「ちょっと、これ運んで」


父が難しい本を読んでいても、お構いなしである。


父は、少し面倒そうな顔をする。


しかし、結局は立ち上がる。


母には、そういう不思議な力があった。


私は、父を尊敬している。


医学への姿勢も、幅広い知識も、知的好奇心も、今になってようやく理解できるようになった。


しかし、家庭というものを支えていたのは、むしろ母だったのではないかと思う。


父は、家の外に広がる世界を見せてくれた。


母は、帰ってくる場所を作ってくれた。


そんな気がするのである。



母は、コロナ禍の最中に亡くなった。


病室で会うことも許されず、最期の言葉を交わすこともできなかった。


医師である私にとっても、あの別れ方はつらいものだった。


病気のことは理解できる。


医療機関の感染対策が必要だったことも、頭ではわかっている。


しかし、母の最期に立ち会えなかったことは、今でも心に残っている。


もっと話しておけばよかった。


若い頃の父とのことも、聞いておけばよかった。


十人きょうだいの家で、どんな少女時代を過ごしたのか。


どうして看護師になったのか。


そして、あの無口で理屈っぽい父の、いったいどこが気に入ったのか。


今となっては、聞くことができない。


ただ、母が幸せだったことは、何となくわかる。


父と結婚し、子供を育て、家族とともに暮らした。


もちろん、苦労もあっただろう。


それでも、母はよく笑っていた。


私の記憶に残る母は、いつもどこか楽しそうだった。




父は今、九十二歳である。


相変わらず元気そのものだ。


「百まで生きる」


そう言って、人生を楽しんでいる。


母が生きていたら、きっと笑っただろう。


「百までと言わず、もっと長生きしたら?」


そんなことを言ったかもしれない。


父は、少し考えてから答える。


「まあ、百になってから考える」


これも、いかにも父らしい。


私は時々、母に今の家族の様子を話したくなる。


子供たちは成長し、それぞれの道を歩んでいる。


孫も生まれた。


息子の俊介は医師となり、消化器外科医を目指している。


曾祖父の仁左衛門から数えれば、五代目である。


父は九十二歳になっても元気で、私は妻の知恵と仲良く暮らしている。


母が心配していたことの多くは、何とかうまくいった。


「みんな元気にしているよ」


そう伝えたい。


そして、もう一つ。


「お母さん、ありがとう」


そう言いたいのである。



母が亡くなってから、父と母の若い頃のことを思い出す機会が増えた。


私の知らない二人の時間。


恋人だった頃。


結婚したばかりの頃。


私が生まれる前のこと。


そして、私が家を出た後のこと。


考えてみれば、親というものは、子供の知らない人生をたくさん持っている。


子供にとって、父は最初から父であり、母は最初から母である。


しかし、二人にも若い頃があった。


恋をして、結婚して、二人だけで出かけた時間があった。


そのことを、私は長い間、あまり考えたことがなかった。


父の古い持ち物のなかには、若い頃の写真が何枚か残っている。


母がまだ若く、父も今よりずっと柔らかな表情をしている写真である。


そんな写真を見るたびに、少し不思議な気持ちになる。


この二人は、本当に私の父と母なのだろうか。


もちろん、間違いなくそうなのだ。


ただ、私の知らない二人が、そこにいる。


そして、そのことを改めて教えてくれる一枚の写真に、私はずっと後になって出会うことになる。


もっとも、その話は、まだ先である。


まずは、そんな二人の間に生まれた、少々ひねくれた息子の話をしなければならない。


父に似ていないと言われることが、どうにも気に入らなかった少年。


その少年こそ、ほかならぬ私、俊太郎だったのである。


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