第三章 岡山から来た五男坊
父の俊一郎は、岡山の田舎に生まれた。
五人兄弟の末っ子だったという。
昔の農村では、子供が五人いることなど珍しくなかった。十人きょうだいという家もあったくらいだから、五人なら、まだ少ない方だったのかもしれない。
もっとも、育てる親にしてみれば、五人でも十分に大変だっただろう。
父の実家は、決して裕福ではなかった。
田畑を耕し、季節ごとの農作業に追われる暮らしだった。
朝は早く、夜も早い。
子供たちも、物心がつけば家の仕事を手伝う。
そんな家に生まれた俊一郎は、幼い頃から少し変わった子供だったらしい。
農作業よりも、本を読む方が好きだったのである。
これは農家の子供としては、あまり歓迎されない性質だったかもしれない。
「俊一郎、何をしとる。手伝わんか」
兄に呼ばれる。
「今、いいところなんじゃ」
「本なんぞ、あとで読め」
「あとで読んだら、忘れてしまう」
なかなか理屈っぽい。
このあたりは、九十二歳になった現在の父にも通じるものがある。
父が何歳のときに里子に出されたのか、正確なところはわからない。
ただ、幼い頃に実の親元を離れ、彩音のもとで育てられたことは確かだった。
五人兄弟の末っ子を、なぜ里子に出したのか。
貧しかったからなのか。
教育を受けさせるためだったのか。
それとも、ほかに事情があったのか。
おそらく、いくつもの理由が重なっていたのだろう。
当時の農村では、子供を親戚や知人の家へ養子に出すことは、それほど珍しい話ではなかった。
今とは家族のあり方も違っていたのである。
しかし、大人にとっては合理的な判断でも、子供にとっては別の話だ。
ある日突然、住み慣れた家を離れなければならなくなる。
それがどれほど心細いことだったか。
私には、想像することしかできない。
岡山を発つ日の朝。
俊一郎は、小さな風呂敷包みを抱えていた。
中には着替えが何枚かと、使い古した本が一冊。
母親が、前の晩に用意してくれたものだった。
「向こうへ行ったら、よう言うことを聞くんじゃぞ」
「うん」
「勉強も、しっかりするんじゃ」
「うん」
母親は、何度も同じことを言った。
俊一郎も、そのたびにうなずいた。
しかし、なぜ自分だけが家を出なければならないのか、十分に理解できていたわけではない。
兄たちは、いつものように家にいる。
自分だけが、遠くへ行く。
「いつ帰ってこられるん?」
母親は、少し困った顔をした。
「また、帰ってこられるよ」
「いつ?」
「……そのうちな」
子供にとって、「そのうち」という言葉ほど、頼りないものはない。
それでも、俊一郎はそれ以上尋ねなかった。
泣いたかどうかは、わからない。
ただ、父の性格を考えると、人前では泣かなかったような気がする。
泣きたい気持ちを、何とか我慢する。
そういう子供だったのではないだろうか。
汽車に乗るのは、初めてだったかもしれない。
窓の外を、田畑や山々が流れていく。
見慣れた岡山の風景が、少しずつ遠ざかっていく。
俊一郎は、窓に額を近づけた。
汽車が大きな駅に停まるたび、知らない人たちが乗り降りする。
駅弁を売る声。
蒸気機関車の汽笛。
石炭の匂い。
何もかもが珍しかった。
本来なら、楽しい旅だったはずである。
しかし、少年は、これから自分がどこへ行くのか、よくわかっていなかった。
新しい母親になる人は、お医者さんだという。
女のお医者さん。
そんな人がいることさえ、俊一郎は知らなかった。
しかも、結婚していないという。
ますます不思議だった。
子供というものは、案外、世間の常識に敏感である。
母親というのは、父親と一緒にいるものだと思っていた。
ところが、これから暮らす家には、父親がいないらしい。
「お医者さんなのに、旦那さんがおらんの?」
付き添いの大人に尋ねた。
「おらんのじゃ」
「どうして?」
「……さあな」
どうやら、大人にも答えられないことがあるらしい。
俊一郎は、それ以上聞かなかった。
彩音の家は、岡山の実家とはずいぶん違っていた。
まず、本が多かった。
診療に使う医学書だけではない。
文学、歴史、外国語の本。
見たこともない厚い本が、棚にぎっしり並んでいた。
俊一郎は、思わず足を止めた。
「本が好きなの?」
彩音が尋ねた。
「はい」
「そう。じゃあ、好きなだけ読みなさい」
少年は、驚いた。
岡山では、本ばかり読んでいると叱られた。
ところが、この家では、好きなだけ読んでよいという。
これは、なかなか悪くない。
ただし、彩音は続けた。
「その代わり、勉強はきちんとすること」
やはり、世の中はそれほど甘くないらしい。
彩音は小児科医だった。
朝から患者が訪れ、診療室には子供たちの泣き声が響いていた。
俊一郎は、最初のうち、その光景を不思議そうに眺めていた。
子供が泣いている。
彩音は、白衣を着て、その子供を診察している。
注射をされると、さらに大きな声で泣く。
しかし、診察が終わると、母親に抱かれて帰っていく。
ある日、俊一郎は彩音に尋ねた。
「どうして、あの子はあんなに泣くん?」
「注射が痛いからでしょう」
「先生は、痛くないん?」
彩音は、少し笑った。
「私は注射されていませんからね」
「でも、あんなに泣かれたら、嫌じゃろ」
彩音は、少し考えた。
「そうね。でも、病気が治れば、それでいいのよ」
俊一郎は、黙ってうなずいた。
医者という仕事は、どうやら人に嫌われることもあるらしい。
それでも、病気を治すために必要なことをする。
少年は、そんな彩音の姿を毎日見て育った。
後に自分も医師となることを、この頃から考えていたのかどうかはわからない。
ただ、医師という仕事が、彼にとって特別なものではなく、日常の一部になっていったことは確かだろう。
彩音は、教育には厳しかった。
学校の成績はもちろん、礼儀作法や言葉遣いにも細かかった。
「食事中に本を読まない」
「はい」
「返事は、相手の顔を見て」
「はい」
「それから、わからないことは、きちんと調べなさい」
「はい」
なかなか注文が多い。
もっとも、俊一郎も負けてはいなかった。
「どうして、食事中に本を読んだらいけないんですか」
「行儀が悪いからです」
「でも、本を読んでいても、ご飯は食べられます」
「そういう問題ではありません」
「どういう問題ですか」
彩音は、しばらく黙った。
この少年、どうやら理屈で納得しないと気が済まないらしい。
自分によく似ている。
そう思ったかどうかはわからないが、彩音は少し困った顔をしたに違いない。
ただ、どれほど良い環境を与えられても、少年の心から寂しさが消えたわけではなかった。
学校から帰ると、彩音は診療中であることが多かった。
家には人がいたとしても、母親は忙しい。
俊一郎は、一人で本を読んで過ごした。
夕方になっても、彩音の診療が終わらないことがあった。
そんなとき、少年は診療室の扉の向こうから聞こえる声に耳を澄ませた。
「お大事になさってください」
彩音の声だった。
また一人、患者が帰っていく。
もうすぐ終わるだろうか。
そう思って待っていると、次の患者がやってくる。
結局、夕食が遅くなることもあった。
「待たせてごめんなさいね」
彩音が白衣を脱ぎながら言う。
「別に、待っていません」
俊一郎は答えた。
実際には、ずっと待っていた。
しかし、そんなことを言うのは、何となく恥ずかしかった。
彩音は、それ以上尋ねなかった。
ただ、夕食のときには、できるだけ少年の話を聞くようにした。
学校のこと。
友達のこと。
読んだ本のこと。
俊一郎は、最初のうち、あまり話さなかった。
しかし、好きな本の話になると、急に饒舌になった。
彩音は、その変化を面白そうに眺めていた。
父は、感情をあまり表に出さない人だった。
少なくとも、私が子供の頃はそうだった。
怒ることはあった。
しかし、嬉しいときに大喜びしたり、悲しいときに涙を見せたりすることは、ほとんどなかった。
その一方で、興味のあることには驚くほど熱中した。
医学、音楽、美術、哲学、宗教。
一度興味を持つと、徹底的に調べずにはいられない。
私は長い間、それが父の生まれつきの性格なのだと思っていた。
しかし、今になって考えると、幼い頃に里子に出された経験が、少なからず影響していたのかもしれない。
人に甘えず、自分の力で何とかする。
寂しいときには、本を読む。
わからないことがあれば、誰かに尋ねる前に自分で調べる。
そうして身につけた習慣が、やがて父の人格の一部になったのではないだろうか。
もっとも、本人に聞いても、そんな分析には興味を示さないかもしれない。
「そんな昔のこと、覚えとらん」
そう言って、また本を読み始めそうである。
彩音の家での暮らしに慣れた頃、柊一郎は学校で作文を書くことになった。
題は「私の家族」。
子供たちは、それぞれ父親や母親、兄弟のことを書いた。
俊一郎は、しばらく鉛筆を握ったまま考えていた。
岡山には、実の父と母がいる。
兄たちもいる。
しかし、今一緒に暮らしているのは彩音だった。
家族とは、いったい誰のことなのだろう。
少年は、原稿用紙に書き始めた。
「ぼくのお母さんは、お医者さんです」
そこまで書いて、少し手を止めた。
そして、続けた。
「毎日、たくさんの子供を診ています」
「ぼくが学校から帰っても、まだ仕事をしています」
「でも、夜になると、ぼくの話を聞いてくれます」
最後に、こう書いた。
「ぼくも、大きくなったら、お医者さんになりたいです」
もちろん、この作文は実際に残っているわけではない。
私の想像である。
しかし、もし父がこんな作文を書いていたとしても、少しも不思議ではない。
彩音は、少年に医学を教えようとしたわけではなかった。
ただ、自分の仕事をしていただけだった。
その背中を見て、少年は医師という生き方を知ったのである。
父は九十二歳になった今も、元気に暮らしている。
「百まで生きる」
相変わらず、それが口癖だ。
八年先のことまで、本人はすっかり予定に入れているらしい。
医学的に見ても、なかなか頼もしい。
私は呼吸器内科医として、高齢者の診療を数多く経験してきた。
九十歳を過ぎれば、身体のどこかに不具合が出ても不思議ではない。
ところが父は、今も本を読み、音楽を楽しみ、興味のあることを見つけては夢中になっている。
時には、私の知らないことまで教えてくれる。
「お前、これは知っとるか」
そう言って、医学とはまったく関係のない話を始める。
こちらも医師として、それなりに勉強してきたつもりである。
しかし、父の好奇心には、今でもかなわないことがある。
岡山の農村から里子に出された、あの小さな少年。
知らない土地で、知らない女性を母として暮らし始めた少年が、九十二歳になっても、まだ新しいことを知りたがっている。
そう考えると、少し不思議な気持ちになる。
彩音は、父に何を与えたのだろう。
教育の機会。
医師という仕事への憧れ。
本を読む習慣。
それらは、もちろん大きかった。
しかし、何よりも大切だったのは、自分を必要としてくれる人がいるという安心感だったのかもしれない。
もっとも、父がそのことをどう感じていたのか、私にはわからない。
親子であっても、知らないことは多いのである。
やがて俊一郎は成長し、医学部へ進学する。
岡山の農村で生まれた五男坊が、医師になる。
彩音にとって、それは何より嬉しいことだったに違いない。
ただし、父は医学の勉強だけに満足するような青年ではなかった。
バイオリンを弾き、クラシック音楽に夢中になり、哲学や宗教の本を読みあさる。
東京へ行けば、美術館へ足を運ぶ。
医学生としては、少々忙しすぎる青春である。
いったい、いつ医学の勉強をしていたのだろう。
私は今でも不思議に思う。
しかし、その旺盛な好奇心こそが、父という人間を形づくっていったのだろう。
そして、その好奇心は、どうやら私にも少しばかり受け継がれている。
若い頃には、父とは全然似ていないと言われるのが嫌だった。
ところが、年を取ってみると、妙なことが起きる。
父と同じ音楽を聴き、同じように美術館へ通い、宗教や哲学に興味を持つようになったのである。
親子というものは、なかなか面白い。
ただし、その話はもう少し先にしよう。
まずは、医学書の横に楽譜を置き、聴診器よりもバイオリンを手にしている時間の方が長かったのではないかと思える、若き日の父の話である。




