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袈裟の下には鎧あり

「全国市民生活互助共済会」は、懲役に行った暴力団組員の家族(彼ら彼女らは、暴力団員ではなく「一般市民」です)の生活を互助するために設立された、「健全な」共済会です。

だから、その職員は銀行に口座も作れます。ローンも組めます。


だーって……ヤクザとちゃうもん!

……実にやりにくい。

智は、革ソファの沈み込みを背中に感じながら、内心で舌打ちをしていた。

正直な話を言ってしまえば、智たちは今朝の新聞記事を読んだだけで、それ以上の独自の「ネタ」を何一つ持っていない。つまり、完全に手ぶらでここへ乗り込んできたのだ。

情報の世界において、これでは「ギブ・アンド・テイク」の対等な交渉など成立するはずがなかった。それでも、この一触即発の状況から、相手の持つ情報を聞き出さなければならない。


もし、ここにいるのが口先三寸で立ち回る経済ヤクザや、そのもどきのような連中であれば、口八丁手八丁のハッタリでいくらでも煙に巻くことができるだろう。

しかし、目の前にいるのは筋金入りの武闘派だ。彼らは言葉よりも先に手が出る人種であり、一歩間違えれば命の保証はない。


もっとも……彼らが武闘派だからこそ、「やられたら必ずやり返す」という強固なプライドがあり、智たちに対して現時点で「紳士的」な対応を見せているのも、その矜持を視野に入れているからに他ならなかった。ここで智たちに暴力を振るうような真似をすれば、「共済会」からの契約を即座に解除されかねないという最低限の打算が、彼らの理性を辛うじて繋ぎ止めているのだ。


かつて、この国の裏社会を「統一」した伝説的なヤクザの大親分がいた。

彼は生前、「カネもチャカ(拳銃)も二の次でええ。親のためにいつでも命を捨てて死んでくれる鉄砲玉が、三人でもいたらそれでええんや」とうそぶいたという。

そうして彼は、実際に傘下の組員が二万人を超えるという前代未聞の超巨大組織を築き上げたのだ。


しかし、時代は変わった。その後、暴力団対策法や暴力団排除条例が次々と施行され、暴力団の弱体化が加速度的に始まった。

かつては組織の誉れであった鉄砲玉という「殺され役」も、組織のために長い懲役に行く「身代わり出頭」も、今や激減している。


「刑期を終えて出てきたら幹部の金バッジ」という甘いニンジンをぶら下げたところで、長い刑務所暮らしをしている間に肝心の組自体が潰れてしまっていては、何の意味もないからだ。

さらに改正された暴対法では、懲役に行っている期間中に、組が残された組員の家族を経済的に支援することすら厳しく禁止されている。


智たちの所属する「共済会」は、まさにその法規制の隙間を突いて誕生した、懲役期間中の家族を支援するための「第三者による共済組合」だった。

その資本の出処は、莫大な巨大資本を持つ大手損害保険会社や生命保険会社であるが、実際の表の運転資金は、各地の暴力団から徴収する「会費」によって回されている。

共済会サイドのビジネス的な本音を言えば、懲役に行く組員が少ないほど、また刑期が短いほど「もうけ」が出る仕組みだ。

そのため、必要とあれば一流の弁護士を手配し、時には抗争がこれ以上激化しないように裏で手打ちの仲介を行うこともある。


そもそもではあるが、世界最大の保険市場である英国の保険組合の歴史を見てもわかる通り、賭博と保険は表裏一体だ。共済会という組織と暴力団という組織は、その成り立ちや運営のシステムにおいて、極めて高い親和性を持っている。


とは言っても、このコンプライアンスが叫ばれるご時世に、日本を代表するような巨大金融機関が暴力団を直接支援するような真似ができるはずもなく、すべては「共済会」というフィルターを迂回して行われる相互扶助システムだった。


一瞬の逡巡の後、智は小細工を捨てて、正直に「自分たちは新聞発表以上のソースを持っていないこと」を告げた。

ここで下手に嘘をついて信用を失えば今後のビジネスが厳しくなるし、その嘘を連中に曲解された場合、大抗争の引き金を引く火種にもなりかねない。

ただでさえ、他人の話を都合よく曲解し、問題をねじ曲げて利権を得るのを生業にしているのが暴力団なのだ。自分が当事者となる話となれば、曲解に曲解を重ねた結果どう転ぶか、誰にも……智にも、そして連中自身にすら予測がつかない。

ならば、ここは正直に答えるべきだと判断した。


「……手ぶらで来たんか?」

案の定、長身の男が不快感を露わにして低く問い詰めてきた。

間髪入れずに、今度は鈴木が答える。

「現状、弾を弾いた相手がどこの誰かもわかっていませんが……相手は銃刀法違反と器物損壊で求刑十年、実質でも七年の実刑は確定です」

「なら、あんたらへの会費は二倍やなぁ。きっちり払ってもらうで」

ニヤリと下品に口角を上げる幹部に対し、鈴木は冷徹な視線を返した。


「相手の身元を突き止めて、警察の先手を打って報復できると、本気でお思いですか?」

「できるできひんやない。やるんや! それが極道やろが!」


(……よし、ここらかな)

鈴木が綺麗に打った布石を、今度は智が活かす番だ。智は一歩も引かずに言葉を重ねた。

「警察を出し抜いて派手に報復したら、やった方もただじゃ済まひんで。実行犯が二人、プラスそれを指示した幹部一人、最悪はトップの組長までガサがいくで? もっと最悪なシナリオを言うんやったら、相手の正体がわからん状態のまま、ここの上の本家の組長にまで警察のガサ入れが入る。……そうなったらどうするん?」


男たちの顔に、一瞬だけ明確な焦りの色が浮かんだ。智はその瞬間を見逃さず、一気にたたみかける。

「警察かて、一階にあれだけのピケをはって立っとるんや。彼らにも国家権力のメンツがある。自分らのメンツと、まだ見えん相手のメンツ……のぶつかり合いならまだしも、警察のメンツまで真っ正面からぶつけられたら、自分らの組織なんか一発で飛ぶで」

核心を突かれた男は、怒りに顔を真っ赤に染め、拳で目の前のローテーブルをドン! と激しく叩きつけた。灰皿がガタガタと音を立てる。


「じゃあ何か! 指くわえて黙って我慢せえゆーんかっ! できるかっ、ダボがっ!」

激昂する男を、智は冷ややかに、しかし包容力すら感じさせる強い眼差しで見つめ返した。

「喧嘩の数やったら、自分らの方が圧倒的に多いかも知れへん。けどな、その喧嘩の『後ろ始末』を見てきた数だけやったら、私らの方が多い思うよ? ……喧嘩の落とし所、一緒に考えようか?」

その静かな笑顔の提案に、応接室の空気は一瞬にして凍りついた

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