憧れの本社勤務
「全国市民生活互助共済会」は、懲役に行った暴力団組員の家族(彼ら彼女らは、暴力団員ではなく「一般市民」です)の生活を互助するために設立された、健全な「共済会」です。
だから、その職員は銀行に口座も作れます。ローンも組めます。
だーって……ヤクザとちゃうもん!
「そもそも」の成り立ちを言えば、智も鈴木も、東京にある巨大損保か巨大生保の「本社採用のエリート」としてキャリアをスタートさせたはずだった。
泥臭く街を駆け回る現場の営業マンなどではなく、涼しい顔をして数手先を読み、営業の戦略立案や法人の大型提案をスマートに差配する側の人間。
それが何の因果か、今では神戸の片隅にあるこの怪しげな共済会に出向させられている。
ただ……目に見える「成績」さえ残せばいつでも「本社」への凱旋ルートが開かれている鈴木に対し、智の立場は少しばかり毛色が違っていて、怪しいものだった。
大っぴらに公言するのははばかられるが、自身が母子家庭の育ちであるという生い立ちは、国家レベルの巨大な資金を動かす超保守的な大企業の本社にとっては、出世の天秤にかけた際にどうしても躊躇を生む材料になってしまう。
それが現代の社会正義やコンプライアンスといった「表向きの正論」に反していたとしても、冷徹な「現実」のフィルターを通せば、そういう扱いになるのがこの世界の仕組みだった。
……あれ?
そこまで思考を巡らせて、智はふと目の前の相棒に視線を向けた。
そういえば、鈴木は確か今年でちょうど30歳のはずだ。
大企業における出向組のキャリアプランとして、そろそろ本社のキャリアラインに戻らなければ、生涯平社員か出向先への転籍という、リカバリの効かない年齢に差し掛かっている。
公務員の世界ほど顕著ではないにせよ、巨大企業では同期の中から最初の「課長」が出始めると、出遅れた側の人間は自身の進退をシビアに考えなくてはならない。
飄々としている鈴木にも、それなりのっぴきならない事情があるのだろうか。
余計な詮索は無用かと思い直し、智は手元の新聞へ話を戻した。
「ひとまず、所長と話して今回の案件の『落とし所』の目処を聞いてくるわ」
立ち上がろうとする鈴木に向け、智は少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「結果は同じでも、最初は大きく吹っ掛けておいて、最終的にフツーの数字に落としたら、傍目には被害が小そう見えよるよ」
パチン、と片目を瞑ってウインクしてみせる。
「『上』の連中相手ならその手口で行けるかも知れんけど……。なぁ智、あの所長にそんな小細工が通ると思うか?」
「あー……それは無理筋やね」
これは二人の間で交わされる、半ばルーティーンと化したやり取りだった。
所長が「本社」のど真ん中でどんな派手なバカをやらかしてここへ飛ばされてきたのか、智たちはその詳細を知らない。
言わない聞かない。過去やプライベートに踏み込まないのが、ここの不文律だ。
ただ……もし前者の「左遷組」なら、いくらか現場の数字をごまかすことも可能だろう。
しかし逆に対策を講じるため、「ここ」の惨状を見かねて本社から直々に送り込まれた海千山千の「再建屋」であるなら、そんな子供騙しは一切通用しない。
そして智の鋭い観察眼が捉える限り、今の所長は、明らかに後者の「底が知れない怪物」である可能性が極めて高かった。




