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雲の上はいつも快晴?

「全国市民生活互助共済会」は、懲役に行った暴力団組員の家族(彼ら彼女らは、暴力団員ではなく「一般市民」です)の生活を互助するために設立された、健全な「共済会」です。

だから、その職員は銀行に口座も作れます。ローンも組めます。

だーって……ヤクザとちゃうもん!

「智さん。朝っぱらから一体どうしたん?」


智のデスクの真向かいに座った、彼女より少し年長の男性が、あきれたような苦笑いを浮かべながら声をかけてきた。

年齢は「ジャストアラサー」とも言うべき、ちょうど30歳前後。

眼鏡のフレームが下側にしか存在しない、上側が剥き出しになったブルーのアンダーリムメガネをかけているのが特徴だ。

彼は智のバディであり、現場の仕事においては常にペアとして地獄を共にする相棒でもある。

名前を、鈴木誠二という。

身長は176センチメートル。

スーツの上からでも分かるほど少し細身の体型だが、学生時代には少林寺拳法を骨の髄まで嗜んでいた。今でも当時のストイックな体型と柔軟性を完全に維持しているらしい。


短く清潔に整えられた髪型も手伝って、彼がひとたび雑踏へと紛れ込んだら、間違いなく一瞬で見失ってしまうだろう。

それほどまでに、彼の存在感は周囲の風景に溶け込んでいる。

聞けば、少林寺拳法の過酷な修行の一環として、日常生活の中で「あえて己の気配を完全に消し去り、人混みに紛れ込むこと」を一種の趣味にしているらしい。

そんな奇妙な特技を持つ鈴木は、智が握りしめている新聞を覗き込もうと、首を少し傾げた。


「これ!」


声を張り上げながら、智は手元にある新聞の三面記事をバンバンと小気味いい音を立てて叩いた。


「一体どこのアホなん、こんな不景気な真似さらしとんのは!」

「いや。それがすぐに分かっとるんなら、警察がとっくに逮捕しとるやろ」


向かいのデスクから返ってきた鈴木の冷静極まりないツッコミは、言われてみればぐうの音も出ないほどその通りだった。

だが、智は納得のいかない様子でぷくっと頬を膨らませ、不満を隠そうともせずに腕を組んだ。


「現場百回、か……。こうなったら、こっちから直接行くしか無いんかね」


不気味に居座る冷たい雨の気配を感じながら、智はデスクから勢いよく立ち上がろうとした。

しかし、鈴木は椅子に深く腰掛けたままの手際よいジェスチャーでそれを制し、まずは落ち着いて座るように智を促した。


「慌てなや。まずはどこで『落とす』か、そこが先決やろ」

「理想を言えば、7年で1人。それくらいで収まってくれたら御の字やけど……。でも、あの手のアホが一度はじけたら大惨事、言うたらウチにとっては大赤字になりかねんよ」

「ウチ、ただでさえ最近は赤字気味やのに。こんなアホな事件のせいで赤字の上積みなんてされたら、いよいよ冬のボーナスに響くわ」


デスクに突っ伏すようにして智がぼやくと、鈴木はさらに追い打ちをかけるような現実を突きつけてきた。


「はは、ボーナスが減るくらいで済んだらええ方ゆうか……。最悪の場合、本気で人員カットの嵐が吹き荒れるで」

「そー! それよ! ただでさえアホほど現場は忙しいのに、これ以上システムを理解しとる人間を減らしたら事務所が回らんくなる!……なーんて現場の悲鳴が、あのお偉い『上』の方々にはさっぱり分かってないんよね!」

「上は雲の上やからな。彼らは現場百回どころか、地方の現場なんて一生に一度も見たこと無いやろ」


鈴木が諦めたように肩をすくめる。


「雲の上はいつも快晴……って、どっかの航空会社のキャッチコピーみたいやけど」

「私ら現場の人間は、いっつも視界不良の『雲の中』で泥をすすりながら泳いどるのにな」


智は鼻で笑い、自嘲気味に呟いた。

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