全国市民生活互助共済会
「全国市民生活互助共済会」は、懲役に行った暴力団組員の家族(彼ら彼女らは、暴力団員ではなく「一般市民」です)の生活を互助するために設立された、健全な「共済会」です。
だから、その職員は銀行に口座も作れます。ローンも組めます。
だーって……ヤクザとちゃうもん!
「ダボがぁぁぁ!」
ショートボブの髪を激しく揺らし、自分の開いた新聞の記事を睨みつけながら、その女性は盛大に怒鳴り散らした。
年齢は20代前半といったところか。
黒髪で飾り気のない白いブラウスに、黒に近い濃紺のレディーススーツを着こなしている。
整った顔立ちを意識してか、メイクはナチュラルな薄化粧だけで、ルージュも淡いピンク。
無駄な装飾を削ぎ落としたその佇まいは、黙っていればどこに出しても恥ずかしくない「知的な美人」の部類に入るだろう。
スリムで引き締まった体つきをしており、さほど大きくない胸も、全体の細さからすれば相対的に自己主張して見える。
黙っていれば、間違いなく世の男性陣からモテまくる人生を歩んでいたはずだ。
……そう、黙ってさえいれば。
彼女は新聞……地元地方紙の、それもひっそりと片隅に追いやられた三面記事を開き、その見出しを見た瞬間から機嫌を最悪の底へと叩き落としていた。
忌々しげに舌打ちをしながら、さらに記事の細部を読み進める。
そこに書かれている内容を極めて事務的に要約するなら、こうだ。
『昨夜、神戸市東灘区にある暴力団事務所に向けて拳銃が発砲された。
死者および負傷者はなし。
警察は暴力団同士の抗争の可能性も視野に入れて、現場から逃走した犯人の行方を追走している』
……要するに、ただそれだけの内容だった。
地方都市の裏社会をよく知る者からすれば、さして珍しくもない、インクの無駄遣いのような日常茶飯事の記事だ。
一般市民から見れば、怒声を上げる理由などどこにも無いように思える。
記事の後半にはお決まりの「周辺住民の市民生活が脅かされる事態に~~」などという文言が神妙に続いていたが、そんなものは冬場に山から降りてきたクマやサルが「街中に出没した」というニュースの後に続く定型文と何ら変わりはない。
――ここが、ごく普通の会社であるならば。
「全国市民生活互助共済会」
それこそが、彼女――藤原智が身を置く会社の正体だった。
智が所属するこの神戸事務所は、彼女を含めてわずか7人の社員で回されている。
トップである所長を数に入れたとしても、総勢8人という極めてミニマムな、どこにでもある零細事務員の集まりに見えるだろう。
ただ、その実態が「全国すべての都道府県に張り巡らされた広大な支社ネットワーク」の一部であり、さらに「総本山である本社が、東京の超一等地にそびえ立つ巨大損保会社の本社ビル内にある」という事実まで遡ると、話は一気にややこしくなる。
この「共済会」に莫大な出資金を注ぎ込んでいるのは、日本経済の血流を握るメガ損保や大手生命保険会社といった、そうそうたる巨大資本の数々だ。
そして、この「共済会」の設立趣旨が、暴対法などで禁じられた、懲役に行った組員の家族に対する「生活支援」である。
もちろん、「会費」は徴収する。暴力団組織から。
このような「事業」を、オリンピックのスポンサーに名を連ねるような企業が直接行うことができるはずもなく、この「共済会」を迂回する。
また、形態が「株式会社」ではなく「共済会」という形を取っているため、時価総額や企業価値といった表の数字は意図的にあやふやにされているが、その気になれば、地方銀行の一つふたつくらいは簡単にへし折って傾けられるほどの巨額の資金を動かす能力を秘めている。
しかも「出資者」がどれも規格外の巨大資本であり、かつ何社もの共同出資という形態をとっているがゆえに、裏ではお互いがお互いの足を引っ張り合い、常に激しい牽制を繰り広げていた。
結果として、この共済会はどこからの干渉も受けない完全な「独立独歩」の地位を保つことに成功している。
それだけを聞けば現場の人間にとっては万々歳、理想的な職場環境のように思えるかもしれない。
だが、なまじ完全独立を保っているがために、会社として「親会社」の威光に甘えることも、不祥事を揉み消してもらうことも一切できないという、退路を断たれた過酷な裏返しでもあった。




