神話の時代から
古代ギリシアの闘技場において、繰り広げられた血みどろの「闘技」は、神に捧げる神事そのものだった。
文字通り、命を、心臓を神へと捧げる。
闘士の多くは奴隷だったが、勝ち続ければ貴族や神殿をパトロンに据え、大金と市民の地位をもぎ取ることができた。
時には貴族自身が砂を血で染め、己の信仰心と強さを民衆に誇示することすらあった。
他方で、この「闘技」に身銭を賭ける行為は、神殿への喜捨として強く推奨されていた。
大金を賭ければ賭けるほど、それは信仰の強さの証明となる。
賭けの勝ちは「神々の祝福」であり、負けは「神への奉仕」――すなわち、誰も不幸にならない完璧なシステム。それが原初の闘技だった。
これと全く同じシステムが、洋の東西を問わず、ここ日本にも存在する。
今なお「神事」の看板を掲げ続ける大相撲だ。
現代日本において賭博は違法だが、「奉納相撲」は今も広く興行されている。
古事記に記された建御雷神と建御名方神の力比べを祖とし、人間同士では野見宿禰と当麻蹴速の死闘が「奉納」されたのが始まりだ。
江戸時代になれば、大名は有力な力士を召し抱え、時には家老並みの俸禄を与えた。
刀の二本差しを許された彼らは、いわば当時の「トップアイドル」であり、熱狂の渦の中心にいた。
だが――一般大衆がそこまで熱狂するためには、やはり「賭博」のスパイスが必要不可欠だった。
市井の人々は、身銭を賭けるからこそ声を枯らした。
明治維新で神仏分離がなされるまで、奉納相撲は「興行」であり、同時に公然たる賭けの対象だった。そして、その賭博における寺社の取り分こそが、現代も言葉を残す「寺銭(テラ銭)」である。
闘技、神事、そして賭博。
この三者は、かつてイコールで結ばれるほど密接に絡み合い、形を変えて現代へと受け継がれてきた。
当然、今の日本で相撲の勝敗に金を賭ければ犯罪だ。
それどころか、ただの「噂」であっても、力士が角界を追われるほどの不祥事となる。
とはいえ、歴史が洗練してきたこの「リスクを可視化し、システムに落とし込む構造」を切り捨てるのはあまりにも惜しい。
ならば、形を変えて「合法化」へと舵を切るのは、人類の歴史においてむしろ必然だったと言える。
17世紀のイギリス。彼らは「航海の無事」を賭けることを合法化した。
大航海時代に出遅れ、スペインやポルトガルの後塵を拝した島国は、この「賭けのシステム」によって爆発的な急成長を遂げる。
航海が成功すれば莫大な富が得られ、難破したとしても「掛け金」から補償が出る。
ハイリスク・ハイリターンを、ローリスク・ミドルリターンへ。リスクの平準化。
人々はこぞって海へ飛び出し、やがて世界に「太陽の沈まない帝国」を築き上げた。
日本も遅れてはいない。
明治初頭、海運会社が積み荷を担保に融資し、万が一の沈没時には損害を補償するシステムを確立した。この会社は瞬く間に古参の競合や国策企業をねじ伏せて日本一へと上り詰め、今なお「財閥筆頭」としてその名を轟かせている。
話が逸れたようだが、そうではない。
「リスク」と「運」を天秤にかけ、「賭け」を行う行為は、現代社会を動かす不可分のインフラなのだ。
このシステムは地下に潜れば「博賭」となり、それを生業とした者たちはかつて「博徒」と呼ばれ、現代では「暴力団」の一翼を担うに至った。
一方で、時の権力と結託して合法化の道を歩んだ者たちは、自らを「保険」と名乗り、巨額の資本を集めて銀行すら凌駕する経済力を手にした。
これらはよく「コインの裏表」と例えられる。
だが実態は、光にかざせば裏側が透けて見える「紙幣の裏表」だ。
そうであるならば、この不可分なシステムを仲介する組織の重要性は、今後さらに増していく。
あるいは、遠い将来に暴力団が完全に根絶されたとき。
この国で「最後の博徒」と呼ばれるのは、裏社会の人間ではなく、スーツを着てオフィス街に佇む「保険屋」なのかもしれない。
実際、前者の構成員は減少を続け今や公称2万人ほどだが、後者の関係者は増え続け、定義によっては100万人を超える。
動かす金額の格差は、小さく見積もっても数千、数万倍。
――どちらが、より巨大な「賭場」を開帳しているかは、火を見るより明らかだ。
書き進めてクライマックスが見えてきたところで、ちょっと危険な描写が出てきたんで、先手を打って「R15」指定を付けました。
あ。バックストックは「それなりの量」書き溜めていますし、実は「あと3話」まで書き進めているので、エタることはないと思います。しばしお付き合い下さい。
※全体としては、約30話くらいで、27話まで書いています。




