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乗り継ぎ

そもそも、この車内をどれほど厳重に調べたところで何一つとして意味のある物証など出てこないことは、他でもない警察自身が一番よく知っていた。

現代の暴力団において、組事務所の内部やその敷地内に、拳銃や麻薬といった違法なブツを「絶対に」保管しておくことはない。

あえて言うなら、床の間の飾りに登録済みの日本刀が置いてあるくらいのものだが、それも文化財としての正規の書類が揃った、ただのインテリアの延長に過ぎない。

いつ警察のガサ入れを受けてもおかしくない最前線の拠点に、わざわざ「不要不急の違法な物」を持ち込み、そのまま置きっぱなしにするような大馬鹿者は、今の時代には生き残れないのだ。

そうやって逆説的に考えれば、現代の街中において最も「物証的には完璧にクリーン」な場所とは、皮肉なことにこの暴力団事務所であり、その敷地内に停められている彼らの移動用の車両の中なのだった。


ミニバンは警察の包囲網をあっさりと抜け出すと、三宮の市街地を滑るように二十分ほど走り、人通りの少ないうらぶれた路地裏へと滑り込んだ。

そこでエンジンをかけたまま待機していた、少し小ぶりの、どこにでもある大衆向けミニバンへと、智たちは工藤に促されるまま素早く乗り換えた。

さらにそこから市街地を迂回するように二十分。


「後ろ、おらんな」

「はい、付いてきてません」


前方の運転席と助手席の間で、若い組員たちの間で短く、確認し合うような会話が交わされた。

バックミラーとサイドミラーを何度も確認し、警察の覆面パトカーや、敵対組織の尾行車両が一切付いてきていないことを確認したのだ。

彼らのプロとしての手際の良さには、智も内心で少しだけ感心した。


次に彼らが乗り換えるために用意されていたのは、地方の工務店や配達業者が使うような、泥に汚れた白い商用バンだった。

これなら、どこの田舎道や工業地帯を走っていても、周囲の風景に完全に溶け込んで誰も怪しまない。


(……なるほど、ここからが本当の本番ちゅうわけか)


智は商用バンの硬いシートに深く身体を預けると、頭の後ろで両手の指を組み、凝り固まった肩甲骨をほぐすようにして軽くストレッチを始めた。

これから向かう先にある「現実」を前にして、あまりにも緊張感のない彼女のその態度を見て、助手席に座っていた工藤が、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに苦笑しながら声をかけてきた。


「ホンマ……いつ見ても肝の据わったお嬢さんやな、自分は。怖うないんか?」

「言うたやろ? うちら共済会やで。自分らみたいに実際に拳銃持って殴り込みにいくような修羅場の喧嘩の数は少ないけど、その結果としてボロボロになった人間とか、泥沼の抗争で破滅していった組織を『見てきた数』だけで言うたら、たぶん自分ら極道よりも、うちのほうが多いと思うよ」

「へえ……。じゃあ、過去には結構エグい現場のケツ持ちも見てきたんか?」


工藤の探るような問いかけに対し、智はあえて言葉を返さず、ただ口元にミステリアスな笑みを浮かべるだけに留めた。


これから自分たちがその目で目撃することになるだろう「エグいもの」の正体が、果たして工藤という一人の幹部の独断による暴走なのか。それとも、浅間組という組織全体、あるいはさらにその上の山菱組までが完全に了解している「決定事項」としての処刑劇なのか。

それによって、共済会が弾き出すべきリスクの度合いと、彼らへの保険金の『査定金額』は、天と地ほどに変わってくる。


ガタガタと小刻みに揺れる白い商用車の窓ガラスから、急速に都市のビル群が消え、殺風景な工業地帯の景色へと移り変わっていくのを眺めながら、智は頭の中で、これから始まるであろう血生臭い交渉と、今期のボーナス査定のシミュレーションを、冷徹に、かつ冷酷に開始していた。


智たちを乗せた白い商用バンは、神戸の市街地を完全に離れ、次第にのどかな郊外の風景へと溶け込んでいった。

車窓を流れる景色は、緑の豊かな畑や青々とした田んぼが広がるのどかな田園風景だ。

しかし、よく見れば古びた平屋の住宅が点在するその合間に、大小さまざまな町工場が不規則に偏在しているのが分かる。

周囲の自然とはおよそ不釣り合いな、金属を削る甲高い音や重重しい機械の駆動音が、遠くから地鳴りのように響いてくる。

白い商用バンは、そんな工場のひとつへと迷いなく滑り込んでいった。


敷地内に足を踏み入れた瞬間、車内であっても強烈な熱気と、硫黄や油の混じった独特の臭気が鼻腔を突いた。

工場の奥にある巨大な炉からは、オレンジ色に激しく溶けた鉄がどろどろと不気味な光を放ちながら流れ出し、職人たちの手によって慎重に鋳型へと注がれている。

鉄工所というよりは、さらに大がかりな設備を要する「鋳造所」だ。

もちろん、工場は現在進行形でフル稼働しており、煤で顔を真っ黒に汚した作業員たちが、フォークリフトや火花を散らす重機械の間を忙しなく動き回っている。

一般の人間が立ち入れば、それだけで命の危険を感じるような、文字通りの鉄と炎の戦場だった。


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