飲み会という名の……
「またそんな鬼みたいに値切って〜。先生も泣いてんで」
「これからは弁護士も薄利多売やんか。件数だけならアホほど回してるんやし……あんまり包みすぎたら、変な勘違いしかねないから、『うちらのバック』を匂わせとくんよ」
悪びれることもなくケラケラ笑う智に、鈴木が苦笑を重ねた。
(こうやって笑っているだけなら、間違いなく可愛いんやけどな……)
「加減が大事やなぁ。新しい先生の中には、うちらのこと『フロント企業』って勘違いして見てる感じの人もおるし」
「ウチの事務所のバックは、日本経済の金看板! 勝手に勘違いするんやったら、もう好きにさせといたらええねん」
さらに翌日になっても、浅間組の電話機が稼働した形跡はなかった。
「できません」「わかりません」という無能の証明が、致命的なほどに苦手なのが暴力団員という生き物だ。
相手の正体も掴めず、報復の足がかりすら見出せない現状を、プライドが邪魔をしてこちらに開示できないのだろう。
営業所全体で抱える膨大な案件を、鬼のような手際で鈴木と共に捌き続けていく。
「……そろそろ、こっちから助け船を出してあげな、あの人らプライドだけで窒息しそうやね。……どう思う?」
智が視線だけでデスクの向こうの鈴木に問いかけると、彼は手元でペンを回しながら、深く得心のいった様子でコクリと頷いた。
智の手元で処理を終えたファイルナンバーは、いつの間にか【1082】まで進んでいた。窓の外の夕闇が、静かに深まろうとしていた。
浅間組の事務所に大きな爆弾――言葉の爆弾を放り込んできてから、数日が経過した。
しかし、その後の数日間、神戸の街にはこれといった目立った動きはないようだった。
晩秋の冷たい風が吹く午後、智と鈴木は、事務所から少し歩いた場所にある地下のイタリアンでランチセットのパスタを平らげ、全国生活互助共済会神戸営業所へと戻ってきた。昼食を終えて自席に戻り、いつものように地味で膨大な雑務を続ける。
事務所の隅に置かれた液晶テレビは、主電源が入ったまま常にローカルニュースを流し続けている。音量は控えめだが、画面のテロップが切り替わるたびに智は視線を走らせていた。
浅間組の件で何らかの動きがあれば、そこからは一分一秒を争うスピード勝負になる。彼らに銃弾を撃ち込んだ正体不明の組織が、こちらの予想を超えてさらなる過激なエスカレートを踏んでこないとも限らない。何より、警察捜査の進捗状況がどれくらい進んでいるのか、そのタイムラインが読めなければ、共済会としても次の手を打ちようがなかった。
相手の出方を知るための、テレビつけっぱなし、ニュース流しっぱなしの臨戦態勢である。
そんな膠着状態が続いていた三日目の夜、業務終了の間際になって、鈴木がいつになく神妙な顔つきで智のデスクに歩み寄ってきた。
「智さん。初日の夜、あのピケ破りの現場でさ。向こうの年かさの警察官から『今度一寸、飲まないか?』って誘われたやん?」
「うん。言ってたね。社交辞令かと思ってたけど」
「それがさ、ちょっと……本当に飲みに行こうかなと思って。……智さん、当然、一緒に来てくれるよな?」
椅子に座ったまま、智はあからさまに渋い顔をしてみせた。眉間にこれでもかと深い皺を刻み、不快感を表明する。
「ちょっと待って。なんで私も強制連行なん?」
男ばかりが集まるいわゆる「飲み会」の席に、紅一点として女性がポツンと混ざる。その構図が何を意味するか、この業界に身を置く智には嫌というほど分かっていた。最初こそ「いやあ、華があっていいね」などと珍重され、ちやほやされるかもしれない。だが、アルコールが回って理性のタガが外れるにつれて、それは徐々に質の悪いセクハラや、ドサクサに紛れたボディタッチ大会へと変貌を遂げていく。
タダで男たちの愚痴を聞き、お触り自由なホステス代わりにされるなんて、真っ平御免だった。やってられるか、という拒絶の意志が顔全体に張り付く。
智の懸念を察して、鈴木は苦笑しながら両手を振った。
「いやいや、さすがに相手も立場のある公務員やし、そんな下品なことにはならんと思うよ。それに、万が一にも地元で変な噂が立ったらお互いにマズイからってことで、場所は神戸を離れて、大阪のキタ(梅田周辺)のエリアはどうかって指定してきたんよ」
「それなら……いや、それでもやわ! そもそも、私があえてその席に行く合理的な理由って何なんなん?」
「智さん、聞いてたやろ? 男ちゅう生き物は、女を前にすると自分の武勇伝をしゃべりたくて仕方がなくなる生き物や、って」




