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酔っ払いの戯れ言

「あー……」

智は小さく唸り、天を仰いだ。自分たちの言葉がそのままブーメランになって返ってきた形だ。

確かに智は、その賑やかな口さえ「黙ってさえいれば」、十分に街を歩く男たちの目を引く美人の部類に入った。実際に、三宮のセンター街を歩いていて芸能スカウトや夜の店のキャッチに声をかけられたことなど、片手では到底きかない。

もっとも、実際の彼女は声をかけてきたスカウトに対して、その甘い誘い文句の矛盾点を徹底的に論破してスッキリするだけでなく、さらに路上勧誘に関する条例や法律の専門用語を容赦なく叩きつけ、「私の時間を無駄にした迷惑料」として、最終的に飲み代やエステ代をきっちり吐き出させるまでをワンセットとするような、恐るべき戦闘力を持った女なのだが。それでこじれたときに「地回り」と呼ばれるヤクザが出てきても、智の顔を知っている地回りは黙って頭を下げ、キャッチやスカウトを締め上げる事すらある。が、その本性を知らない警察官からすれば、ただの「少し気の強そうな美人な事務員」にしか見えないのだろう。


智はキャスター付きのオフィスチェアに深く座り直すと、両手の指を複雑に組み、手のひらを外側に向けて正面へと真っ直ぐに突き出した。関節がパキパキと小気味よい音を立てる。

「けど、うちら今のところ完全に手ぶらやん? こっちが何も有益な情報を持ってないのに、ただ飲みに行くだけで、相手が警察の機密をポロッと漏らしてくれると思う?」

「浅間組が本当に何も分かっていない。誰に狙われているのか、その目星すらついていなくて、完全に右往左往している……っていう事実そのものが、警察にとっては立派なネタ、極上の肴になると思うけどなぁ」

「あ……。そっか、なるほどね」


智は納得の手を打った。

もし今回の襲撃が、関西を牛耳る広域暴力団のトップ、いわゆる「上の組」からの正式な大号令によるものであるならば、直系の浅間組がその緊迫した空気を察知していないはずがない。報復の連鎖や警察の集中取り締まりという莫大なリスクを考えれば、浅間組ほどの武闘派として鳴らす組織を白昼堂々襲撃する場合、その後の安全やトカゲの尻尾切りも計算に入れて、わざわざ県外の他所の武闘派組織から鉄砲玉を引っ張ってくるのがセオリーだ。

だが、その気配が一切ないということは、今回の事件は組織の看板を賭けた大抗争などではなく、ごく限定的な、あるいは個人的な近隣トラブルの延長線上にある可能性が極めて高い。浅間組の「本当に何もわからない」という困惑の表情そのものが、その推測を裏付ける決定的な証拠になるのだ。


今頃警察の捜査本部も、全国の警察本部に照会をかけ、浅間組だけでなくその上部組織である山菱組全体の動向を勘案しながら、大々的に網を広げて大捕物の準備を進めているはずだ。だが、もしこれが組織的な抗争ではなく、兵庫県警の管轄内だけ、ひょっとしたら事件現場を抱える東灘署のエリア内だけで完結する小規模な事件だと分かれば、警察にとってはこれ以上ない朗報となる。捜査の規模を縮小し、無駄な人員を割かずに済むからだ。

この情報を「雑談」の肴として、相手のテーブルにそっと差し出す。


「で……こちらがその極上の肴を提供したとして、警察側の『お返し』は、どこまで期待できそうなん?」

「さあ、それはわからん。わから〜んけどな」

鈴木は声を弾ませて笑った。

「でも、世の中で『わからない』っていう現状維持が絶対に許されないのは、ヤクザの世界だけじゃない。組織のメンツがかかってる警察だって同じやん。彼らも上からのプレッシャーで焦ってるはず。うちらが浅間組の『お手上げ状態』を教えてやれば、その見返りとして、現在の正確な捜査状況とかを、案外ボロボロと歌ってくれるカモよ?」

「しゃーないなぁ……。じゃあ、いざとなったらマイクを握れるように、デュエットの2、3曲でも頭の中で練習しとくか」


カウンターの四人

はたして、平日の19:00。

三宮から快速電車に揺られて二十分。智たちは約束通り、大阪キタの繁華街から少し外れた路地裏にある、目立たない小さな居酒屋の暖簾をくぐった。

店内に入ると、狭いカウンター席に四人が横一列になって並んで座る形になった。

これがテーブル席で向かい合って飲んでいた場合、万が一、別の警察関係者や同業者に見咎められたときに「偶然居合わせただけで、全く関係ありません」という言い訳は到底通用しない。だが、横並びのカウンターであれば、二人組の客が二組、それぞれバラバラに来店し、店の混雑具合やテーブルの空き状況に配慮した店側の思惑によって「たまたま隣同士に配置された」という強力な言い訳が成り立つ。


カウンターに腰を下ろし、まずは挨拶代わりに「生ビール四つ」を注文する。

智は正直なところ、苦味のあるビールはあまり得意な方ではない。しかし、こういった一触即発の情報戦の場において「全員の一体感」を演出するためには、最初のオーダーを統一するのが一番手っ取り早くて分かりやすい。

席の配置は、一番奥の壁際から順に、智、鈴木、そしてあの日ピケを張っていた年かさの警察官、その隣に物静かな若い警察官という並びになった。

全員、示し合わせたかのように暗い色調のビジネススーツを着用している。名刺交換の儀式もなければ、警察手帳や共済会の身分証を提示することもない。ただ、並んで座って、運ばれてきたジョッキを軽く合わせ、冷えたビールを喉に流し込んだ。


不文律ではあるが、警察官や自衛官、あるいは県庁や市役所の職員、学校の教職員にいたるまで、公務員という人種は、外部の人間の前で自らの所属する公的組織のことを語る際、決まって「ウチの会社」という言葉を使う。表の社会と裏の社会の狭間に位置する智たちの「共済会」も、そのあたりの事情は全く同じだった。

互いに主語をハッキリとさせず、すべての固有名詞をぼやかして、「アレ」「あっち」「コレ」、あるいは「課長」「上司」「ウチのトップ」などの一般名詞に置き換えて会話を進める。

万が一、盗聴器が仕掛けられていたり、背後の席の客が耳をそばだてていたとしても、傍で聞いている分には、たまたま居酒屋で隣り合った二組のしがないサラリーマンが意気投合し、アルコールの勢いを借りて会社への愚痴を語り合っているようにしか見えないはずだった。

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