ヤクザと極道
彼らは気がついているだろうか。
智も鈴木も、会話の中で浅間組とその構成員に対しては「極道」という言葉を混ぜて使い、彼らが追うべき敵側の相手に対しては「ヤクザ」と呼んで明確に区別していることに。
言葉の微妙なニュアンスの差でしかない。
だが、「極道」は彼らのプライドをくすぐって持ち上げるための言葉であり、一方で「ヤクザ」は一段下に見下すための言葉だ。
そして、そうした言葉の持つ特有のニュアンスや上下関係に人一倍敏感なのが、暴力団員という人種なのだ。
ともあれ、そうやって相手をおだて上げ、都合よく乗せてやれば、彼らは勝手に気が大きくなって動き出す。
「おい! お前ら、ウチの縄張り内にある夜の店に片っ端から連絡しろ!
大至急だ!
最近、妙に羽振りがいい奴や、弾を弾いた自慢をしてる不審な男が店に来てないか、マスターやマネージャーに聞き込みに行かせろ!」
案の定、中堅の男が背後の若い衆に怒号を飛ばした。
本来、暴力団員が一般家庭に聞き込みに行ったり、民間の事務所やコンビニの防犯カメラを見せてもらうような真似はできない。
そんなことをすれば即座に警察に通報されて終わりだ。
だが、自分たちの影響力が及ぶ「夜の街」の住人相手ならば話は別。
彼らのネットワークは、時に警察の地道な捜査よりも早く、深く情報を吸い上げることがある。
ただし、彼らが強引な真似をして暴対法に引っかかったとしても、それは彼らが勝手に暴走しただけのこと。
智たち共済会としては「単なる世間話のヒント」を与えたに過ぎず、一切の責任を負うつもりはなかった。
事務所の隅に控えていた四人の若い組員たちに一斉に号令がかけられ、彼らは慌ただしくデスクの固定電話や個人のスマートフォンに飛びついた。
まだ店が開く前の夕方の時間帯であるため、ターゲットとなる店舗の責任者や、出勤前のホステスたちの携帯電話へ向けて、一気につなぎの連絡を入れ始めている。
事務所内は一転して、怒号とコール音が飛び交う戦場のような騒がしさに包まれた。
その喧騒を横目に、鈴木が衣服のシワを伸ばしながら、すっとスマートに立ち上がった。
「まぁ、実際に夜職の女の子たちが店に出てきて、本格的な情報が動き出すのはもっと遅い時間になるでしょうね。
……ボクらは所詮サラリーマンですので、今日のところはこれで。また明日、様子を伺いに来ます」
ヤクザを煽るだけ煽っておいて、これ以上面倒な巻き添えを食らう前にドロンしようという魂胆だ。
相変わらず鈴木の手際の良さは冷酷なほどに鮮やかだった。
智は慌てて笑顔を作り、彼の退室のフォローに回る。
「ウチの共済会の事務所なんですけど、夜間は基本的に電話を取らない形になってるんです。
でも、今日は特別に留守電設定を長めに残しておきますね。
あと、システムの設定変更をして……留守電に入ったメッセージを、私たちのスマホから遠隔で確認できるようにしておきます。
なので、一時間おきくらいにこまめにチェックしますから、何か進展があったらメッセージを残しておいてください」
「ああ……すまないな。助かる、ありがとう」
先ほどまで険しい顔で怒鳴り散らしていた組員が、今はどこか救われたような表情で智たちを見送っている。
(おっしゃー! 完璧!)
智は周囲に見えないよう、心の中で力強くガッツポーズを決めた。
隣でいかにも「仕事終わりのビジネスマン」といった風情で、小さくため息をつきながら険しい顔を崩さない鈴木も、その内心は自分と全く同じ達成感で満たされているはずだ。
智は押し寄せる興奮を隠しながら、静かに浅間組の事務所のドアを閉めた。




