↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/32

極め道

「お……落とすにしたって、相手の目星は!」


声を荒らげたのは、テーブルの対面に座る浅間組の中堅組員だった。張り詰めた空気が漂う事務所の中で、彼の額には薄すらと汗がにじんでいる。


問われて智は、わざとらしく両方の手のひらを上に向けて、肩をすくめてみせた。


「初手に言うてるやん。新聞報道以上のネタなんか無いって」


……よし、完全に煮詰まってきたな。

部屋の空気は重く、どす黒く淀んでいる。ここでタイミングを外したら、また最初からやり直しの堂々巡りのループに陥る。

ヤクザを相手にする時は、この一瞬の空気の変わり目を見逃してはならない。

智は隣に座る鈴木に、視線だけで「どうする?」と問いかけた。

鈴木は表情を一切変えないまま、顎をくいっと小さく上げた。

(このまま行け……ちゅうことか。了解)


智は小さく息を吸い込み、攻め方を変えてみることにした。

少しだけ声のトーンを落とし、諭すような口調を作る。


「自分ら、今の状況わかってます? ぶっちゃけ、外の警察も自分らも、現時点では何のネタも目星も無い状態なんですよね。

そこから『よーい、ドン!』で一斉に走り出して、警察より早くマトが見つけられるって、本気で思ってるんですか?

あっちは数もアホほどおるし、組織力使ってしらみつぶしに聞き込みだってできるんですよ?」


目の前の組員は「グググ……」と喉の奥でうめくだけで、それ以上の言葉を返せない。

何か言い返せば、それがすなわち根拠のないハッタリであり、ただの「嘘」になってしまうことを彼ら自身も理解しているのだ。

プライドだけは人一倍高い男たちが、現実を突きつけられて黙り込む。


智は上半身を少し前に傾け、木製のテーブルに体を這わせるような姿勢を取った。そして、上目遣いでじっと相手の目を見据える。

さらに声のボリュームを絞り、耳元で囁くような声音を使った。


「自分らが警察に勝ってることって、一体何やと思います?」

「こ……根性! 気合いや!」


返ってきたあまりにも古典的な精神論に、智は思わず吹き出しそうになるのをぐっとこらえた。

口元が緩みそうになるのを必死に引き締め、代わりにウインクを一つ投げかける。


「自分ら……『証拠』いらんやん?」

「え…………?」


男の動きが、ぴたりと止まった。


本来なら、この浅間組の事務所には彼ら組員と、共済会に所属する智、そして鈴木の四人しかいない。

こんな密室で、わざわざ声を潜めて内緒話をする合理的な意味はどこにもない。

だが、この「内緒話の形を取る」というパフォーマンスそのものが、相手をこちらのペースに引きずり込む強力な罠になるのだ。

ここで相手にとって完全に予想外の、しかし魅力的な提案をポイと放り出す。そうすると相手は、さらに話を聞き逃すまいと、自ら進んで口をつぐみ、こちらの言葉に耳を傾けるようになる。

ここからの交渉のコツは、たった一つだけだ。

相手に反論の隙を与えないよう、息継ぎなしで、一気に話しきること。


「やからね。警察は令状やら何やら、動くたびに書類が必要になるでしょ。聞き込みをして証言を集めたり、周辺のドライブレコーダーや防犯カメラの映像をリレー形式で追いかけたりして、ガチガチに固めていかなアカンのです。

……いうか、そうせな動かれへん。

けど、自分らはそんな面倒な手続きを全部すっ飛ばして、勘や雰囲気だけで怪しい場所に突っ込めるでしょ?

その証拠集めのプロセスを全部省略できたら、ワンチャン警察を追い越せるんちゃいます?」


「あ…………」


男の口から、短い感嘆の漏れ声が挟まれた。

手応えはあった。だが、ここでさらに畳み込もうとしても効果は薄れる。

それどころか、下手に追い詰めれば「舐められた」と勘違いして逆ギレしてくるのがヤクザという生き物だ。

智は、再び隣の鈴木に視線を送った。今度はバトンタッチの合図だ。

鈴木がそれを受け取り、小さく頷いて口を開く。


「まぁ、やってみなければわからないんですけどね。もし仮に、相手が『自分の武勇伝を作りたい』なんてくだらない理由で撃ってきたのだとしたら……犯人は黙っていると思いますか?」


「……上には、言うやろな」

「それだけですかね?」

「女にも……話すかもしれん」


鈴木が、ちらりと智の方を見た。

智はあえてその視線を綺麗にそらし、手元のメモ帳に目を落とした。

男同士の、それも色恋や女に関する話だ。

女である智がここで口を挟むのは得策ではない。

男のプライドを傷つけないよう、ここは鈴木の独壇場に任せるのが正解だった。


鈴木は、冷徹とも言える落ち着いたトーンで淡々と続けた。

「いつ警察の証拠が固まって、いつ逮捕状が出るか、撃った本人にも分かっていないはずです。

明日は我が身という状況で、部屋の押し入れにガタガタ震えてこもったまま、誰にも言わずに黙っていられるような……そんなヤクザ、今の時代にいますか?」


「なら……どうするってんだ」

「夜職のお姉さんに、ちょっと自慢したいというのが人情でしょう。

男の見栄ってやつですよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。