バカじゃなれない利口じゃやれない……
「全国市民生活互助共済会」は、懲役に行った暴力団組員の家族(彼ら彼女らは、暴力団員ではなく「一般市民」です)の生活を互助するために設立された、「健全な」共済会です。
だから、その職員は銀行に口座も作れます。ローンも組めます。
だーって……ヤクザとちゃうもん!
「……なるほどな。それで、そっちの姉ちゃんトコの会社は、一円も懐を痛めずに丸く収めようってハラか?」
男は皮肉交じりに鼻で笑ったが、智は表情を変えずに淡々と理詰めで返した。
「あくまで相手があっての話や。
ここに弾を撃ち込んできたアホが誰であれ、最終的にはきっちり懲役に行くことになるやろうしね。
そうなったら、警察側は銃刀法違反と器物損壊だけじゃなく、調書を無理くりこねくり回して『殺人未遂』の罪状まででっち上げてくるかもしれひん。
そうなると、実行犯の男が前で7年。後ろ(うしろ)のほうで10年。
10年の5割増し(併合罪)で15年は……正味キツイし、もし組の幹部まで共謀罪だなんだと引っ張られて、それが二人、三人って増えていったら……そんだけの共済金を一気に支払わされるウチの会社かて、大赤字になってまうわ」
「じゃあ、お前らは、俺たちがどこで話を落とせば満足するんや?」
「……」
智はすぐには答えを出さず、隣に座る鈴木の方へチラリと視線を向けた。
目が合うと、鈴木が小さくコクリと頷く。
――よし、言っていい。
同僚からの無言のゴーサインを確認し、智はさらに声を潜め、まるで甘い秘密でも共有するかのように、ささやくようなトーンで本質を告げた。
「ここに弾を撃ち込んできたアホは、もうしゃーないやん?
そらな、善悪の倫理観抜きにして、純粋な損得勘定だけで言わせてもらうなら、そいつの身元を突き止めて山に埋めるか海に沈めるかして、警察にバレんように完全に行方不明にでもしてくれたらね。そいつが懲役に行かずに済む分、私らかて共済金を払わんで済むから丸儲けやけど……現実問題、そんな昭和みたいなことにはならんやろ?
自分らのやってる商売、事務所のガラスを割られたくらいならともかく、今時の世の中で実際に人の生き死にが出るような大抗争に発展したら、もうボヤ騒ぎじゃ済まへんのよ。
やから、落とし所としては、相手の実行犯はきっちり7年の懲役で1人。
こっちの浅間組からの逮捕者はナシ!
それが、ウチの会社の本音であり要望や。
でもって……あんたたちが、事後の『話し合い』の席で、相手の組織からケジメの指を詰めさせるか、あるいは迷惑料としてナンボお金を毟り取れるか……それで話を納められるかどうかは、ひとえに自分らの極道としての才覚次第やん?」
「ケジメ、か……」
智にそう突きつけられた男は、小さくそう呟き、諦念の混じった様子で深く目を伏せた。
昭和の激動の時代のように、あるいは古い任侠映画のスクリーンのように、何十人もの組員がドスや拳銃を片手に入り乱れる華々しい『出入り』など、現代の暴対法の手が伸びる社会では絶対にあり得ない。
今の裏社会を生き抜くためには、まず最初に見据えるべき「落とし所」を設定し、そこから逆算してスマートに兵隊を動かさなければならないのだ。
「バカじゃなれない、利口じゃなれない、中途半端じゃなおなれない」
それが、現代を生きるヤクザという人種が、自嘲気味によく口にする格言であった。
まあ。そう言って自分たちを特別視しているのは当のヤクザ本人たちだけであって、智から見れば、実際のヤクザのほとんどはただのバカと中途半端な半端者の集まりに過ぎないのだが――わざわざそれを口にして、目の前の猛獣を無駄に刺激してやるほど、智はバカな女ではなかった。




