旋条痕の点数
「全国市民生活互助共済会」は、懲役に行った暴力団組員の家族(彼ら彼女らは、暴力団員ではなく「一般市民」です)の生活を互助するために設立された「健全な」共済会です。
だから、その職員は銀行に口座も作れます。ローンも組めます。
だーって……ヤクザとちゃうもん!
「なら……」
智は、先ほどと同様に、いかにも腹に一物ありげな、わざとらしい笑みを口元に浮かべて言葉を紡いだ。
「私の方でも、ツテを使ってどこのどいつが動いたのかは探ってみるわ。けどな、あんたたちが実際に兵隊を動かす前には、絶対に私へ一報入れて。上を納得させるための落とし所とか、余計な血を流さないための知恵くらいなら、こっちでも何か出してあげられるかも知れへんし……。それに、ウチの組織としての本音を正直に言わせてもらうなら、どこぞの誰かがそっちに弾を撃ち込んだ後でさ、いわゆる『首なし』の状態で、拳銃を宅配便か何かで警察に匿名で送り届けてもらえるのが、一番ありがたくて助かるんよ」
裏社会の専門用語で言う「首なし」とは、所持者や使用者、つまり持ち主が誰であるかが一切特定できない状態の拳銃のことを指す。
銃器から発射された実弾には、その銃身の内部に刻まれた溝によって「旋条痕」と呼ばれる固有の傷痕が刻まれる。この傷痕は、人間でいうところの指紋とまったく同じ性質を持つもので、この世に二つと同じものは存在しない。たとえ製造したメーカーが同じで、型番も寸分違わぬ同一の拳銃であったとしても、一挺一挺で刻まれる傷痕の形状は微妙に異なるのだ。
つまり、厳格な銃規制が敷かれている日本において、一度でも発砲した拳銃は「一回限りの使い捨て」にするのが裏社会の鉄則であった。もしも同じ銃を別の事件で再利用し、万が一警察に逮捕されて旋条痕が一致してしまえば、過去にその銃が使われたすべての事件の罪まで、現行犯として一まとめに背負い込む羽目になるからだ。
そうして役目の終わった拳銃を警察に匿名で「提出」してやる。このあたりの力関係や点数稼ぎについては、智自身のこれまでの経験に基づく私感も含まれるが、実際に発砲した犯人そのものを特定して逮捕した場合の功績を「100点満点」と仮定するならば、物証としての銃だけを差し出させた場合でも、およそ「50点」くらいのポイントにはなるらしい。
かなり昔の、諸先輩方から聞いた伝聞ではあるが、かつて昭和の時代における東京の警視庁には、ヤクザ組織と裏で深く癒着し、組織から組織へと都合よく回される「首なし拳銃」をアホほど押収したことにして、トントン拍子に出世街道を駆け上がった警察官も実在したという。
そしてその歪んだシステムは、令和の今でも形を変えて地続きのまま残っている。未使用の拳銃をガサで押収させるだけでも警察にとってはそれなりのポイントになるようだし、ましてや今回のように、実際に街中で引き起こされた「発砲事件」に直接使用された現物の拳銃ともなれば、さらなる特大のボーナスポイントが加算されることは確実だった。
その差し出した「点数」を、警察の捜査の手を緩めさせるための強力な交渉材料、すなわち引かせのカードとして使いつつ、こちらの浅間組の組員は指一本、人間一人として減らさない。そのあたりを今回の現実的な着地点として、裏で手を打ってみないか? というのが、智が提示した極めて冷徹なビジネスとしての提案であった。




