第99話 戻る場所
白い砂の線は、海の中から消えていた。
凪が水へ沈んでも、足元までの距離はすぐには分からない。腰の高さで変わった深さが、今は腕を伸ばしても底へ届かなかった。
水面近くでは、泡が区画中央を真っすぐ進んでいる。
渚が手を深く入れた。
指先が途中で岸側へ引かれる。
陽が残した場所と同じだった。ただし、少しだけ内側へ寄っている。
水面から結がその位置を指した。
凪も、泡が水中で曲がる場所を見た。
見えなくなっても、下の潮流は残っている。
第3ピリオド開始の笛が鳴り、四つの潮核が区画へ放たれた。
渚が先に沈んだ。
水面では動いていなかった潮核が、深さを変えると岸側へずれる。渚はその先へ体を入れ、端へ触れて軌道を変えた。
赤い発光ラインが一瞬つき、消える。
凪は潮核が来る場所へ先に入った。
両手へ収まり、胸と手足が赤く光る。
西条付属の選手が正面から近づいた。花はその横を通り、あかりの進路へ入る。発光ラインには触れず、あかりが凪へ向かう角度だけを狭めた。
凪の前には、ゴールゾーンまで一本の道が残っていた。
下の潮流へ右足を入れる。
腰が前へ出るはずだった。
砂地の上を越えてきた水が、右側から肩へ当たった。下では岸側へ曲がり、上では中央へ進む。二つの水が重なり、凪の体は予想より外へ押し出された。
右腿にも、一蹴り分の遅れが残っている。
正面の選手が近づく前に、凪は花へ潮核を離した。
花が受け取った時には、西条付属の二人がゴールゾーンへ戻っていた。花は長く持たず、渚へつなごうとしたが、潮核は途中で岸側へずれ、美咲が先に端へ触れた。
三原中央の最初の攻撃は、枠まで届かなかった。
凪は浮上せず、さっき右肩へ当たった水を見る。
陽が教えた位置は合っている。
変わったのは、その上だった。
西条付属が潮核を拾う。
あかりは持たず、花の外側へ回った。美咲が一度水面へ上がると、優奈の視線もあかりから移る。
息を吸った美咲が、右肩から水へ入った。
優奈の右手が内側を示す。
凪はその位置へ向かった。
美咲は予測どおり、区画中央へ沈んでくる。
しかし、その前に一人が動いていた。
第2ピリオドの終わりに、心春が指した選手だった。
美咲が空けた外側へ入り、同じ肩の角度で砂地の縁へ沈む。優奈は美咲を見ている。三人目が動き始めた瞬間は見えていない。
あかりが潮核を受け取った。
青い発光ラインへ花が触れる。あかりは花の手をつけたまま一度進み、二秒目になる前に潮核を離した。
優奈の合図を受け、凪は美咲の前にいる。
潮核は美咲へ来なかった。
外側へ入った三人目が受け取る。
渚が戻ろうとしたが、その選手は美咲と同じ幅で水を蹴り、下に残った潮流へ入った。深さのそろい始めた海では、屋内施設で磨いた一蹴りの距離が崩れない。
結がゴールゾーンの内側を示す。
渚が先に枠へ入り、三人目の正面を塞いだ。
三人目は潮核を沈めず、美咲へ離した。
凪は三人目へ向きを変えた直後だった。
内側へ戻っていた美咲が受け取り、そのままゴールゾーンへ沈める。
スコア:西条付属高校 2-三原中央高校 1
優奈は美咲の右肩が沈むのを見て、内側を示す。
今度、凪は美咲へ向かわなかった。
結の指が外側へ動く。
渚が先にその場所へ入った。
心春が見つけた三人目が来る。渚は潮核へ手を伸ばさず、その選手とあかりの間へ体を置いた。
美咲は優奈の予測どおり、内側へ戻る。
あかりは花に触れられたまま潮核を離したが、外側には受け手がいない。潮核は砂地の上へ流れ、凪が先に端へ触れてゴールゾーンから外した。
西条付属の攻撃が切れた。
優奈が一人を見る。
結が、その一人の空けた場所を見る。
凪と渚が、そこへ入る選手を止める。
西条付属の位置交換が、初めて途中で止まった。
第3ピリオドの後半、花があかりの右足へ触れた。
あかりは一秒目で進路を変えたが、花は手を離さない。二秒目になる前に離された潮核を、優奈が示した先で凪が外す。
結の指は、空いた外側へ向いていた。
三人目が入る前に渚がその場所を塞ぐ。
潮核は下へ落ち、見えなくなった溝へ入った。
渚が先に受け取る。
赤い発光ラインをつけたまま、下の潮流へ体を沿わせる。美咲が近づく前に潮核を離すと、岸側へ曲がった先で凪が受け取った。
ゴールゾーンまでは、あと一人分。
右側に花。
下には渚が残っている。
あかりが凪の右足へ触れた。
凪は潮核を持ったまま、もう一度下の潮流へ足を入れる。第2ピリオドまでなら、そこから半歩進めた。
上から越えてきた水が重なり、体が岸側へずれた。
ゴールゾーンの外へ腰が流れる。
右腿も、二蹴り目についてこない。
凪は二秒になる前に花へ潮核を離した。
花が受け取る直前、美咲が先に端へ触れる。一瞬だけ青い発光ラインがつき、潮核の軌道が枠の外へ変わった。
同点には届かなかった。
凪は足を止めず、次の潮核へ向かった。
海が変わった。
西条付属も変わった。
岸から渡された位置を、そのまま使うだけでは追いつけない。
残り時間が減っていく。
西条付属は、今度はあかりを水面へ上げた。
優奈の視線が美咲から移る。
息を吸ったあかりは、左足から水へ入った。優奈が外側を示し、結はあかりの空けた内側を指す。
渚があかりの戻る先へ入り、凪が内側を埋めようとする三人目の前へ出た。
西条付属の潮核は、どちらにも届かない。
花が美咲へ接触し、離された潮核を凪が外へ流した。
追加点は入らなかった。
三原中央も、最後の攻撃をゴールゾーンまで運べない。
第3ピリオド終了の笛が鳴った。
スコア:西条付属高校 2-三原中央高校 1
凪たちが桟橋へ戻る。
右足を掛けると腿の奥が固まり、凪は一度力を抜いた。左足へ替え、腕で体を引き上げる。
花は座らず、西条付属の五人を見たまま呼吸を整えた。
優奈は計測画面を遥香へ見せる。
「戻る方向は、最初の動きで分かります。右肩から入れば内側。左足からなら外側でした」
「でも、戻る人を見ている間に、別の人が空いた場所へ入る」
優奈が頷く。
「はい」
「空いた方は、うちが見るよ」
結がタオルを受け取りながら言った。
渚は桟橋の端から手を水へ入れた。
「下の流れ、まだある」
指を深くする。
「でも、さっきより岸側」
岸にいた陽が、区画中央を指した。
「泡も一つ内側で曲がっとる」
七海がその隣から水を見る。
「右の溝、上はもうつながった。でも下は切れてない」
心春は西条付属の三人目へ顔を向けた。
「あの人、戻る人が潜る前に動くよ」
優奈が三人目を見る。
遥香は、あかり、美咲、その間へ入る選手を順番に指した。
「優奈さんは、浮上した人が最初にどう潜るかを見てください。結さんは、その人が空けた側をお願いします」
二人が頷く。
「凪さんは、戻る人ではなく、空いた場所へ入る人を止めてください」
「うん」
「花さんは、あかりさんへの接触を続けてください。渚さんは、下に残っている潮流をお願いします」
海では、あかりが水面へ上がっていた。
まだ潜っていない。
その前に、三人目の足が動いた。




