第98話 沈む目印
第1ピリオドのインターバル。
芽衣たちが桟橋へ戻る間にも、海は岸へ近づいていた。
開始前には水面のすぐ下にあった白い砂地が、もう一段深い。選手が通った場所では砂が舞い、左右の溝から来た泡が、その上で混じっている。
「右と左、もう分かれとらんとこがある」
結が濡れた髪を上げながら言った。
陽も区画中央を見ている。
「真ん中だけ、上を越え始めてる。潮核も、さっきより砂の上で進んだ」
遥香は海から西条付属へ視線を移した。
優奈が計測画面を開く。
「あかりさんの回数は、もう決まっていません。一回で離した時も、二回目まで持った時もありました」
「美咲さんは?」
「浮上した場所へ戻っていません。あかりさんも、美咲さんが空けた深さへ入りました」
凪は、砂地の端へ入る西条付属の選手を思い返した。
「人が替わっても、肩の入れ方は同じだった」
優奈が顔を上げる。
「肩?」
「砂地から溝へ入る時。美咲さんも、あかりさんも同じ角度だった」
位置を替えただけではない。
その場所で、どう水へ入るかまで替わっていた。
遥香は西条付属の五人を見た。
「場所と一緒に、動きも渡しているんですね」
七海がタオルで顔を拭く。
「じゃあ、うちらも同じとこ戻ったら駄目じゃん」
「はい。第1ピリオドの順番は、もう見られています」
心春が芽衣を見る。
「次、どこにおったらええん?」
「決めんでええよ」
芽衣は呼吸を整えながら、海へ顔を向けた。
「空いたところへ行く」
第2ピリオドも、五人は替わらなかった。
開始の笛が鳴り、七海は第1ピリオドと同じ右側の溝へ入った。
西条付属は追ってこない。
七海が先に潮核を掴んでも、正面へ入る選手はいなかった。胸と手足へ赤い発光ラインをつけたまま、砂地の縁を一度進む。
心春へ離せる。
そう思って内側を見ると、前のピリオドで心春が残っていた場所に、西条付属の選手がいた。
心春はその外側で止まっている。七海から来る潮核へ入るには、一度その選手を回らなければならない。
七海の足が鈍ったところへ、別の選手が右腕へ触れた。一秒目で離せず、二秒目に浅い側へ潮核を手放す。
第1ピリオドなら、砂地の上で止まっていた。
潮核は止まらない。
砂を薄く巻き上げながら中央へ進み、その先へ美咲が入った。胸と手足へ青い発光ラインがつく。
芽衣はあかりの前にいる。陽が美咲へ向かうが、美咲は潮核を離さず、砂地を斜めに越えた。
蹴り足が白い底へ近づき、砂が舞う。
陽の視界から、美咲の足元が消えた。
美咲は第1ピリオドで測った深さより、少し上を通っていた。左右の溝から越えてきた水が重なり、腰をゴールゾーンの内側へずらす。
陽の手は右足の後ろを通った。
心春が内側から戻った時には、美咲の肩が枠へ入っている。潮核が沈み、得点を知らせるブザーが鳴った。
スコア:西条付属高校 1-三原中央高校 0
美咲は水面へ上がると、あかりではなく、砂地の中央を見た。
第1ピリオドで測った海を、自分で使った。
再開前、結が四人を近くへ呼んだ。
「心春の場所、見られとる」
「同じとこには戻らん」
陽が言うと、七海が芽衣を見た。
「次、芽衣先輩から行く?」
「うん」
心春が二人の間から顔を出す。
「うちは?」
芽衣は西条付属のゴールゾーンを見た。
「最後に来て」
試合が再開すると、芽衣が先に動いた。
あかりも進路を変え、芽衣へ向かう。西条付属のもう一人は、心春が前に使った場所へ入った。
そこに心春はいない。
芽衣は潮核を長く持たず、あかりの手が届く前に沖側へ離した。砂地の上を越える水が潮核を運び、少し離れて残っていた七海が受け取る。
西条付属の二人が七海へ寄った。
七海は正面へ行かない。浅い側へ一度だけ進み、二人を引きつけてから潮核を内側へ離した。
その場所へ、心春が入る。
前に残っていた位置とは、砂地を挟んで反対側だった。
潮核を受けた心春の胸と手足へ赤い発光ラインがつき、西条付属の選手が左足へ触れる。
一秒目で、心春は芽衣を探した。
芽衣はあかりを外側へ連れている。
水面から、結がゴールゾーンの内側を指した。
心春は潮核を離さなかった。
腕を掻き、体の向きを変える。砂地を越えた水が足元へ入り、腰が半歩だけ横へ動いた。左足へ残っていた手も一緒に引かれ、発光ラインの端へずれる。
二秒になる前に、心春は潮核をゴールゾーンへ沈めた。
スコア:西条付属高校 1-三原中央高校 1
心春が水面へ上がる。
「入った?」
「入った!」
結の声が先に落ちてきた。
心春は一度だけ芽衣を見て、すぐに次の潮核へ向き直った。
同点になっても、西条付属は元の形へ戻らなかった。
美咲が水面へ上がり、優奈の視線があかりから移る。息を吸って潜った美咲は、あかりの前にも、最初にいた深さにも入らない。
三人目がいた位置へ戻った。
空いた深さへ三人目が沈み、あかりはさらに外側へ動く。三人が一つずつ場所をずらしていた。
美咲の代わりに深く入った選手が、砂地の縁へ肩を沈める。
「同じです」
優奈が言った。
「何がですか」
「肩の角度。美咲さんと同じです」
凪にも見えていた。
その選手が潮核を受けると、足元の溝へ沿って進み、あかりへ離す。芽衣はあかりの右足へ触れ、手を離さずについていく。
一秒目であかりが体を外へ振っても、芽衣の指は発光ラインから外れない。二秒目に潮核が下へ離れ、陽が先に端へ触れた。
潮核は砂地へ寄り、舞い上がった砂の中へ消える。
七海は潮核を探さなかった。
砂が流れる方向へ先に入る。
白い濁りから出てきた潮核へ触れ、ゴールゾーンから遠ざけた。心春も内側を塞ぎ、西条付属の追加点を止める。
三原中央も、心春の得点以降は最後まで運べなかった。
砂地の上を水が越えるたび、潮核の進む距離が変わる。さっき止まった場所まで届き、届いたはずの場所を通り過ぎた。
西条付属は、浮上するたびに位置と動きを渡した。
三原中央は、空いた場所へ入る人を替えた。
どちらも同じ形を続けないまま、第2ピリオド終了の笛を迎えた。
スコア:西条付属高校 1-三原中央高校 1
芽衣たちが桟橋へ戻る。
遥香は五人が揃うのを待ってから、交代を告げた。
「芽衣、七海さん、心春さん、陽さんはここまでです。凪さん、花さん、渚さん、優奈さんは準備してください。結さんは続けてもらいます」
「うちも?」
陽が聞いた。
「はい。第3ピリオドからは岸でお願いします」
陽は海を振り返った。
白い砂地は、もう水面からほとんど見えない。泡だけが途中で曲がり、沈んだ形を残している。
凪の隣へ来ると、陽は区画中央を指した。
「白い線は消えたけど、泡はまだ下で曲がってる」
「場所、同じ?」
「少し岸側に寄った。でも、まだある」
凪は陽の指先から、見えなくなった砂地の縁をたどった。
心春は優奈の袖を引く。
「あかりさんと美咲さんが替わる時、間に一人おった」
「どの人ですか」
「今、美咲さんの左におる人。二人が動く前に、先に間へ入っとった」
優奈はその選手へ視線を置いた。
七海は海へ手を入れた渚の横へしゃがむ。
「上はもう速くない。下だけ残っとる」
渚が指を深くする。
水面では横へ動かない。
手首より下で、細い水が砂地の方へ引いた。
「分かる」
芽衣は花の前に立った。
「あかりちゃん、止められんかった」
花が濡れた芽衣の肩を見る。
「でも、二秒まで持たせんかったじゃろ」
「うん」
「次は、三秒まで触る」
芽衣は一度だけ頷き、花の前を空けた。
優奈がゴーグルを下ろす。
「優奈さん」
遥香に呼ばれ、顔を向ける。
「見ていた通りで構いません」
優奈は、あかり、美咲、その間へ入った一人を順番に見た。
「戻ったあとを見ます」
凪、花、渚、優奈が水際へ並ぶ。
第1ピリオドの開始時には、海の下に白い線があった。
今は見えない。
陽の指だけが、その上で止まっている。
凪たちは、見えなくなった場所から海へ入った。




