第90話 二つの間
第二ピリオドまで、あと三分。
三次高校の五人は、反対側で水を飲んでいた。
一人が立ち上がる。
隣も続く
岸へ戻っても、五人の間隔は大きく変わらない。
「一人ずつ動かすけ、隣が戻れるんじゃろ」
花が言った。
陽の指が、三次高校の外側と中央を順に差す。
「二つ」
凪は区画へ顔を戻した。
岸寄りの弱い潮流。
その下を横切る、沖側の速い潮流。
「深さも分ける」
遥香が二つの潮流を見比べる
「岸側と中央を、同時に動かします
登録証を持ち直した
「第二ピリオドも、同じ五人で行きます」
優奈がゴーグルを下ろす。
七海は右肩を一度回した。
心春が開いていた手を閉じる。
凪は右足を水へ入れた。
横から来た潮流が、ドライスーツの脛を押した。
昨日より、少し速い。
第二ピリオド開始の笛が鳴った。
七海が岸側へ出た。
潮核は持たない。
岩礁沿いの弱い潮流を使い、三次高校の外側にいる一人の前へ入る。
青い選手が七海へ寄った。
その後ろで、優奈が浅い潮核を拾う。
手足と胸に赤い発光ラインがつくと、隣の青も半歩動いた。
同時に、凪が中央の一つへ潜った。
潮核を深い層へ沈める
右足で蹴らない。
速い潮流へ体を預け、流される幅だけ先へ進む。
三次高校の中央にいた選手が、凪の深さへ合わせた。
外へ一人。
浅い位置へ一人。
深い位置へ一人。
三次高校の幅が、初めて揃わなくなった。
心春は、三つの青の間に残った。
優奈が息継ぎへ上がる。
「今です!」
遥香の声が届いた。
優奈は息を吸い、すぐに水中へ戻る。
潮核から手を離した。
岸寄りの弱い潮流が、心春の方へ運ぶ。
三次高校の一人が追おうとする。
その進路には七海がいた。
七海を避けた半歩で、到着が遅れる。
心春が潮核を受け取った。
赤い発光ラインがつく。
正面に、青はいない。
心春は芽衣を探さなかった。
花の位置も見ない。
空いた場所へ、自分で入った。
ゴールゾーンまで、一人分。
中央から青い選手が戻ってくる。
凪が深い潮核から手を離した。
赤が消える。
三次高校の選手は、凪と心春の間で一拍止まった。
心春の足が、ゴールゾーンへ届く。
追いついた手が、胸の発光ラインへ触れた。
一秒。
心春は潮核を離さない。
岸寄りの潮流に体を乗せ、そのまま深く入った。
二秒になる前に、赤い発光ラインがゴールゾーンへ沈んだ。
得点ブザーが鳴る。
スコア:三次高校 1-三原中央高校 1
優奈は心春を見なかった。
残る潮核へ向きを変える。
七海もゴールゾーンから離れ、岸側へ戻った。
凪は深い潮流へ流れかけた一つを、浅い位置へ押し戻す。
三次高校の五人も、すぐに元の幅へ戻った。
その後は、どちらも得点できなかった。
二つを動かせば、三次高校は幅を狭める。
一つへ絞れば、隣が埋める。
遥香の声が届くたび、三原中央は位置を直した。
三次高校も、誰かが前へ出るたびに同じ幅へ戻る。
第二ピリオド終了の笛が鳴った。
スコア:三次高校 1-三原中央高校 1
七海が階段を上がる。
心春の横へ座り、ゴーグルを外した。
「空いたね」
「一瞬だけ」
心春は右手を開いた。
潮核を掴んでいた指が、まだ少し曲がっている。
「第三ピリオドは、五人替えます」
結は背伸びする。
花は岸寄りの潮流を見る。
陽が水際へ手をつけた。
渚は区画の端へ流れる泡を追っている
芽衣が手首の固定具を締めた。
三次高校の五人が、こちらを見た。
赤いドライスーツが、全員入れ替わっている。
第三ピリオド開始の笛が鳴った。
三次高校は、最初から五人の幅を狭くした。
第二ピリオドで二つの間を使われた分、隣へ渡す距離を短くしている。
岸側の三つへ、青い五人が寄った。
沖側が空く。
速い潮流へ乗った一つが、浮標に沿って流れていく。
渚が息継ぎへ上がった。
「渚、外!」
結の声が飛ぶ。
渚は水面を蹴り、沖側へ潜った。
潮流に逆らわない。
横へ運ばれながら、潮核との距離を縮める。
区画の端へ抜ける直前で掴んだ。
赤い発光ラインがつく。
渚は岸へ戻ろうとしなかった。
速い潮流の端まで乗り、内側へ向く水が足元へ入った瞬間に手を離す。
潮核が斜め下へ流れた。
芽衣が深い位置で受け取る。
外側を守っていた青い選手が、岸側から戻ってきた。
芽衣はその選手を見ない。
陽を見た。
青い選手が最初の一蹴りを入れる。
陽は、蹴られた後にできる場所へ先に動いた。
芽衣が潮核を離す。
深い潮流から浮き上がった潮核を、陽が受け取った。
青い選手の手が届く前に、岸側へ流す。
花がゴールゾーンの手前で受け取った。
赤い発光ラインがつく。
三次高校の一人が正面へ入る。
花は押し切らない。
相手の横を流れる弱い潮流へ、肩だけを入れた。
体が半歩ずれる。
伸びてきた手が、胸の発光ラインを外した。
花は潮核を抱えたまま沈んだ。
得点ブザー。
スコア:三次高校 1-三原中央高校 2
三次高校の幅が、もう一度広がった。
沖側を残せば、渚が入る。
岸側へ寄れば、二つの間が開く。
それでも五人は崩れなかった。
第三ピリオドの残りを、同じ一点差で終えた。
スコア:三次高校 1-三原中央高校 2
第四ピリオド。
三次高校は、同じ五人で海へ入った。
三原中央も交代しない。
潮流の向きは変わらない。
ただ、沖を通る船が増えた。
遅れて届く横波が、岸寄りの弱い潮流を何度も崩す。
結の声が波音に消える。
芽衣が浮上する位置を変えた。
陽は青い発光ラインではなく、次に浮く頭を見る。
花が保持者へ触れ、渚が次の受け手へ回る。
三次高校は同点を狙い続けた。
三原中央も、残る潮核を止めなかった。
残り十秒。
三次高校の一人が、岸側で潮核を受け取った。
青い発光ラインがつく。
花が正面から入り、右腕へ手を重ねる。
一秒。
保持者はゴールゾーンへ向かいながら、手を離さない花を連れていく。
二秒になる前に、潮核を弱い潮流へ放した。
青が消える。
隣の選手が受け取ろうとする。
陽が、その一歩目より先へ入った。
三次高校はさらに隣へ流す。
渚が息継ぎへ上がる。
「追わんで!」
結の声が届いた。
渚は今の保持者へ戻らない。
次の受け手が入る場所へ潜った。
青い選手が進路を変える。
その先で、芽衣の左手が潮核の端へ触れた。
手足と胸に赤い線が一瞬つく。
保持する前に手を離す。
潮核の軌道だけが、ゴールゾーンの外へずれた。
試合終了の笛が鳴った。
スコア:三次高校 1-三原中央高校 2
発光ラインが消える。
花は水面へ顔を出した。
渚が隣で息を吐く。
芽衣は流れていく潮核を見届けてから、岸へ向きを変えた。
階段の上では、先に上がっていた五人がタオルを持って待っていた。
十人で用具を片づける。
三次高校の五人も、反対側で同じ箱へ道具を戻していた。
誰か一人が遅れることはなかった。
* * *
大会本部へ戻ると、表示板の結果が更新されていた。
【一回戦】
三次高校 1-三原中央高校 2
その下へ、次の組み合わせが入る。
【二回戦】
国際広高校-三原中央高校




