第9話 高台から見た海
練習が終わった。
夏の終わりの風が、港に来ていた。造船所の音が遠くなる時間だった。
澪が荷物をまとめた。
「次の試合、尾道じゃ」
花が手を止めた。
「尾道って、名門じゃろ」
「そうじゃ」
澪が全員を見渡した。
「勝ったら地区大会。負けたら今年の公式戦は終わりじゃ」
しばらく誰も何も言わなかった。
フェリーターミナルの方から、出港のアナウンスが届いてくる。
「……じゃあ行くしかないじゃん」
花が荷物を肩にかけた。
「八幡宮、行くぞ。必勝祈願」
駅の裏から歩いた。
商店街を抜ける。日差しはまだ夏だった。
でも、影の伸び方が少し変わっていた。潮の匂いがする。
大きな鳥居が見えた。くぐる。石畳が続く。
長い石段の前に、五人が立った。
結が上を見上げた。
「長……」
花は振り返りもせず、一段飛ばしで先へと進んだ。
「まだ半分も行っとらんよ」
「帰りたい」
「今さら?」
「上るぞ」
澪が先頭に立った。
花が続く。陽が続く。
結が「長い……」と言いながらも足を止めない。
澪が後ろから全員を見ている。凪が最後に続いた。
石段を上りながら、凪は考えていた。
(負けたくない。)
随神門をくぐった。
本殿の前に、五人が並んだ。
花が一番先に手を合わせた。目を閉じた。長かった。誰も何も言わなかった。
花が手を離したとき、目が少し赤かった。
「ばあちゃんの分も祈った」
それだけ言って、隣に場所を譲った。
結が手を合わせた。
陽が続く。
澪も静かに目を閉じた。
凪が最後に、本殿の前に立った。
手を合わせた。目を閉じた。
(おじいちゃんも、ここに来たことがあったかな)
もう一つ、祈った。
参拝が終わった後、境内をぶらぶらと歩いた。
花が「こっちじゃ」と言って、奥の方へ歩いていった。
ついていくと、視界が開けた。
三原の街並みが、全部見えた。
港も、海も、フェリーターミナルも。
凪は立ったまま、動かなかった。
「凪、どうしたん」
花が隣に来た。
「海、綺麗じゃね」
花が海を見た。
「そうじゃね」
しばらく二人で、海を見ていた。
「うわ、ほんまに綺麗じゃん」
陽も、海を見ていた。
澪も、少し遅れて海を見た。
石段を下りた。
大きな鳥居をくぐる。駅の方へ歩く。
澪が振り返らずに言った。
「次の試合、全員で行くぞ」
結が少し前に出た。
「今日はチャーシュー麺にする」
花が少し笑った。
「なんで急に豪華なん」
「勝負前じゃけん」
「それは理屈合っとる」
商店街に入った。
夕方の光が、路地の奥まで届いていた。




