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潮球  作者: カミツキ
1年目の海

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8/101

第8話 次の海へ

 常水館高校に勝った翌朝、三原港には造船所の金属音とフェリーの汽笛が重なっていた。凪がいつもの自販機のボタンを押すと、祭りのころより冷たくなった風が制服の袖を揺らした。


 缶が落ちるまでの数秒に、昨日の得点板が浮かんだ。


 勝った。


 拾い上げたところへ澪が来て、隣に立った。


「今日、練習の前に話したいことがある」


 ほかの三人も集まると、五人は岸壁に並んで座り、澪が全員を見渡した。


「次の目標を決める」

「忠海中央に勝つ」


 真っ先に答えた花が、残りの四人を見た。


「うちだけ? 違うん?」

「うちも同じ」


 結が答えると、陽も頷いた。澪の視線が凪へ移る。


「私も」


 澪は海へ目を向けた。


「能島を封じるだけじゃ足りん。読まれても、次を出せるようにする」


 花が腕を組んだ。


「一つじゃ勝てんってこと?」

「そうじゃ」

「具体的には?」


 陽が先に答えた。


「Cパターンをもっと使う」


 澪がホワイトボードに大きく「C」と書いた。


「今日は、流れが変わった後までやる」


 結が眉を寄せた。


「凪が先に動くのを待たんってこと?」

「凪の動きを待たん。凪が流した潮核と、うちの位置を見て次を決める」


 陽が先に海へ入り、凪もその後に続いた。


 陽の足が止まり、片足だけが横へ動いた。凪の足首にも、さっきまでとは違う向きから水が当たる。


 二人はほとんど同時に動いたが、陽は右へ、凪は左へ切った。潮核がその間を抜けていく。


 顔を出すと、澪が花を見た。


「今の、見えた?」

「凪と陽、同じとこで止まった」

「そこまでは合っとる。次は、そのあとじゃ」


 凪は陽を見た。陽は前を向いたまま、次の練習に入っていた。


 * * *


 午後二時、浮標で囲まれた競技水域を挟んで、三原中央と大崎上島高校の五人が向かい合っていた。大崎上島の二人は、審判が潮況ボードを掲げる前から、浮標ではなく島陰(しまかげ)の境目を見ていた。


 審判がボードを掲げた。


【本日の潮況】

 時刻:14:00

 方向:東→西 秒速0.3m

 特記:島陰複数あり(潮止まり箇所が不規則)

    午後から潮目発生予報


 花が潮況ボードを見上げた。


「島陰、複数って何なん」

「潮止まりが、ばらける」


 結も眉を寄せた。


「それ、困るやつ?」

「動くかもしれん」


 凪は海へ目を戻したが、水面にはまだ目立った変化はなかった。


「潮目が来たら、止まる場所も変わります」


 澪は海を見たまま頷いた。


「Cパターンで行く」

「練習通りじゃね」


 花が肩を回した。


「そうじゃ」


 審判がボードを下ろすと、両校が開始位置へ散った。澪が対岸の小柄な選手へ目を向けた。


「小さい方、木江。あいつは速いけん注意しろ」


 澪の視線の先で、木江はまだ島陰の境目を見ていた。


 開始の笛が鳴り、五人が海へ入った。


 木江が島陰の縁へ入ると、追っていた花の足元で泡が横へ逃げ、身体が半身ぶん外へ押された。木江は押される前に身体を返し、流れの弱い内側へ入る。


 そこには潮核が一つ残っていた。


 花が押し戻された身体を立て直す間に木江が拾い、青く光ったゼッケンがそのまま水中のゴール枠へ沈んだ。ブザーが鳴った。


 次の潮核へ向かう途中、木江が急に二つ先の島陰へ切った。


 そこには、まだ潮核がない。


 凪が水面の泡を追うと、木江の前だけ流れが弱まり始め、遅れて潮核がそちらへ寄っていった。木江は追わず、その場で待っていた。


 潮核が届いた瞬間に木江が拾うと、ゼッケンが青く光った。凪たちが向きを変えるころにはもう島陰を抜け、青い光がそのまま水中のゴール枠へ沈んだ。ブザーが鳴った。


 残る二つでは得点が動かず、0対2のまま第一ピリオド終了の笛が鳴った。


 五分後、第二ピリオドが始まった。


 さっきまで島陰の縁に溜まっていた泡が、そのまま外へ流れていた。代わりに二つ先の影では、水面の細かな泡だけが同じ場所に残っていた。


 位置が変わった。


 新しい潮止まりへ流れ込んだ潮核を凪が拾うと、ゼッケンが赤く光った。正面から選手が寄ってくる前に潮核を深い流れへ離し、その先へ回った陽が受け取る。


 陽は身体をゴール側へ返し、そのまま水中の枠へ沈んだ。ブザーが鳴った。


 凪が水面へ顔を出すと、岸の得点板は1対2に変わっていた。


 次の潮核へ花が先に入り、拾った瞬間にゼッケンが赤く光った。右から入った選手の左手が胸元へ触れ、もう一人も正面へ身体を置く。


 一秒。


 花は右足で浅い流れを蹴り、胸元へ残る手ごと身体を横へ運んだ。正面の選手も横へずれ、ゴールまでの隙間が消える。


 二秒。


 花が身体を沈めると、胸元を押さえていた指が肩口へ滑った。


 三秒になる前に指が離れ、その下を抜けた花が潮核をゴール枠へ押し込むと、ブザーが鳴った。


 残る二つでは得点が動かず、2対2で第二ピリオド終了の笛が鳴った。


 五分後、第三ピリオドが始まるころには、水面の泡がさっきより落ち着かなくなっていた。


 凪が流した潮核を花が拾うと、島陰の縁に溜まっていた泡が外へほどけた。水面へ出た結の腕が外側を示し、花はその方向へ潮核を流した。


 その先へ回った澪が受け取り、身体を返してゴール枠へ沈むと、ブザーが鳴った。


 凪が水面へ顔を出すと、岸の得点板は3対2に変わっていた。


 次の潮核を追っている途中、凪が息継ぎに顔を出したところへ結の声が飛んだ。


「右! 二つ先!」


 指の先では、島陰の脇に細かな泡が集まっている。


 凪は息を吸って潜り、右へ身体を返した。けれど、二つ先の影へ着いたときには泡がもう動いていた。


 遅い。


 さっきまでそこにあった潮止まりが、さらに一つ先へずれている。その内側には、もう木江がいた。


 木江の足元へ潮核が流れ込み、拾った瞬間にゼッケンが青く光った。凪も後を追ったが、距離を詰める前に木江は身体をゴール側へ返し、そのまま水中の枠へ沈んだ。ブザーが鳴った。


 水面へ戻ると、得点板は3対3になっていた。


 残る二つの潮核ではどちらもゴールまで届かず、第三ピリオド終了の笛が鳴った。


 凪が顔を上げると、結はさっき指した島陰をまだ見ていた。


「……今、そこじゃったんよ」


 凪もそちらを見た。結が指していた場所にはもう泡が残っておらず、その一つ先で細かな白い粒が集まり始めていた。


 聞いて、息を吸って、潜る。その間に、泡はもう次の島陰へ移っていた。


 五分後、第四ピリオド開始の笛が鳴った。


 四つの潮核へ両校が散る中、陽が島陰の外へ切った。凪の右足にも、同じ方向へ抜ける水が当たった。


 同じだ。


 朝は、ここから二人が別々の方向へ動いた。


 凪は近くへ流れてきた潮核を拾い、そのまま足元の流れへ離した。陽は潮核を追わずに反対側へ開き、花も澪の位置を見て外へずれた。


 潮核の先へ青いゼッケンが一人寄った。その向こうでは、澪がもう身体をゴール側へ向けていた。


 流れてきた潮核を澪が受け取り、そのまま水中の枠へ沈んだ。ブザーが鳴った。


 凪が水面へ顔を出すと、得点板は4対3に変わっていた。


 残る三つのうち一つが、島陰の外側へ流れていく。凪が追って潜ると、今度は胸の苦しさが先に来た。


 浮かべば、結から今の潮止まりの位置を聞ける。


 それでも足首を抜ける水は止まらず、島陰の内側へ向きを変えていた。


 凪は浮かなかった。


 そのまま潮核へ追いついて拾い、足元を抜ける流れへ浅く離す。陽が外側へ開くと木江もそちらへ身体を返し、花の前にも大崎上島の選手が一人入った。


 潮核は木江と、花の前へ入った選手の間を抜け、島陰の内側へ流れていく。


 その先に澪がいた。


 澪は流れてきた潮核を受け取り、身体を返してゴール枠へ沈んだ。ブザーが鳴った。


 凪がようやく水面へ出ると、岸の得点板は5対3に変わっていた。


 残る二つをめぐる攻防では、それ以上得点は動かなかった。


 試合終了の笛が鳴った。



「やった! 二連勝!」


 結の声が水面に跳ねた。花は一度だけ水を叩き、隣では陽が空を仰いでいた。澪は全員を見渡しただけで、何も言わなかった。


 海から上がって着替えを終え、五人で港沿いを歩くころには、フェリーターミナルから伸びた影が夕方の道へ落ちていた。潮の匂いを含んだ風が、その間を抜けていった。


 結が花の隣に並んだ。


「来々軒行こ」

「今日は勝ったのに、あんまり騒がんね」

「2連勝は通過点じゃけ」


 花は前を向いたまま、肩の荷物を持ち直した。


 後ろを歩いていた陽が海へ目を向けた。


「次、勝つけんな」


 今日も、来々軒の引き戸を五人で開けた。


「いらっしゃい」


 花がカウンターに座るなり、メニューも見ずに指を立てた。


「今日は普通のラーメン」

「勝ったのに?」

「通過点じゃけ」


 結の口元が緩む向こうで、厨房から上がった湯気がカウンターの奥へ広がっていった。

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