第8話 次の海へ
初勝利の翌朝。
三原港に、秋の空気が降りていた。
造船所の金属音。フェリーの汽笛。いつもの朝だった。
凪が自販機でお茶を買う。ボタンを押して待つ間、昨日のことを思い出した。
(勝った)
来々軒で五人で食べたラーメン。
帰り道の石畳。フェリーターミナルの灯り。
澪が来た。隣に立って、海を見た。
「今日、練習の前に話したいことがある」
五人が岸壁に並んで座った。
澪が全員を見渡した。
「次の目標を決める」
「忠海中央に勝つ」
花が即答した。全員が花を見た。
「うちだけ?」
花が全員を見渡した。
「違うん?」
「……うちも同じ」
結が言った。
陽が頷いた。
澪が凪を見た。
「……私も」
澪が海を見た。
「能島を封じることじゃない。能島が読めない流れを複数持つことじゃ。一つ読まれたら次を使う。それができるチームになる」
「具体的には?」
花が聞く。
「潮流の引き出しを増やす。凪の潮読みだけに頼らず、全員が流れを読めるようになる」
「……Cパターンをもっと使う」
陽が言った。
「そうじゃ。サインなしで動ける体を、もっと深くする」
練習が始まった。
今日のテーマはCパターンの深化。サインなし・声なし・完全個人判断。
「流れが変わったとき、何も出さない。お互いの動きだけで合わせる」
「それ、どうやって?」
結が眉を寄せた。
「長くやっとれば分かるようになる。チームの動きの癖を、体が覚える」
陽が先に海に入った。凪が後に続く。
水中で、陽の動きを追った。
陽が止まった。流れを聞いている。
凪も止まった。同じ流れを、感じようとした。
(陽が感じてる流れ……ここだ)
二人が同時に動いた。違う方向へ。でも、流れの中で繋がっていた。
水面に上がると、澪が花に聞いていた。
「今の、見えた?」
「……なんか、合っとった」
「言葉なしで合わせた。それがCパターンの本当の姿じゃ」
凪は陽を見た。陽は前を向いたまま、次の練習に入っていた。
試合当日。
対岸に、フェリーで来たチームが立っていた。
大崎上島高校。島の高校だった。
遠くから来た、という雰囲気があった。
装備の運び方。立ち方。潮の読み方が、三原とは少し違う目をしていた。島の海で育った目だった。
審判がボードを掲げる。
【本日の潮況】
時刻:14:00
方向:東→西秒速 秒速0.3m
特記:島影複数あり(潮止まり箇所が不規則)
午後から潮目発生予報
「島影が複数ある。潮止まりの場所が、試合中に変わるかもしれない」
結が振り返った。
「どういうこと?」
「潮目が来たら、止まる場所も動きます。試合中に変わるかもしれません」
澪が少し目を細めた。
「……Cパターンで行く。流れが変わったら全員が感じて動く」
「練習通りじゃね」
花が言った。
「そうじゃ」
笛。全員が海へ。
大崎上島のエース・木江汐が動いた。
小柄で速い。島影の内側を縫うように泳ぐ。
三原の島影の使い方とは違った。角度が、向きが、全部少しずつずれていた。
序盤、三原東が翻弄された。
2点を先に入れられた。
スコア:大崎上島 2-三原中央 0
でも、凪が水中で止まった。
(島影の位置が……動いた)
(潮目が来始めてる)
サインを出さなかった。声も出さなかった。ただ、止まった。
陽が見ていた。同じように止まった。
澪が見ていた。止まった。
花が気づいた。結が気づいた。
五人が、同時に止まっていた。
その間に、潮止まりの位置が動いた。
凪が動く。全員が動く。
新しい潮止まりの位置に、第二潮核が流れ込んでいた。
拾う。ゼッケンが光る。
深く沈める。陽の方へ。
陽が受け取った。ゴールゾーンへ。
赤い光。ブザー。
スコア:大崎上島 2-三原中央 1
そこから、三原中央が変わった。
花が動いた。
第三潮核を拾う。ゼッケンが光る。
大崎上島のディフェンスが二人来た。体を当ててくる。三秒カウントが始まった。
一秒。
花は止まらなかった。
二秒。
引きずられながら、それでも前へ進む。
足が止まりかける。体が重い。
(根性じゃ)
三秒になる手前、花が潮核を沈めた。
赤い光。ブザー。
スコア:大崎上島 2-三原中央 2
同点。
陽が流した潮核を、結が拾った。
花が押し込み、澪が沈める。
赤い光。
スコア:大崎上島 2-三原中央 3
そこからは、全員が点に絡んだ。
試合終了の笛。
スコア:大崎上島 3-三原中央 5
笛の後。
「やったん!2連勝!」
結が叫んだ。
花が水を叩いた。一回だけ。
陽が空を見ていた。
澪が全員を見渡した。何も言わなかった。
凪は水面を見ていた。
(勝った。忠海中央はまだ向こうにいる)
澪の声が飛んだ。
「次の目標、変わってないぞ」
帰り道。
秋の港沿いを五人で歩いた。
イチョウが少しだけ色づき始めていた。
造船所の音。フェリーの汽笛。潮の匂いに、秋の乾いた空気が混じっていた。
「来々軒行こ」
結が花の隣に並んだ。
「今日は勝ったのに、あんまり騒がんね」
「2連勝は通過点じゃけ」
「……次、勝つけんな」
誰も何も言わなかった。
凪は秋の港を見ながら歩いた。
今日も、来々軒の引き戸を五人で開けた。
「いらっしゃい」
五人でカウンターに並んだ。
港の水面に、夕方の光が揺れていた。




