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潮球  作者: カミツキ
3年目の海

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88/91

第88話 最初の五人

 船の速度が落ちた。


 窓の向こうで、防波堤がゆっくりと横へ流れる。岸壁には、学校名の入った用具箱が並んでいた。


 ドライスーツを詰めた鞄を背負い、別の高校の選手たちが大会本部へ向かっている。


 船が岸へ寄った。


 ロープが投げられ、金具へ掛かる。


「降ります」


 遥香が登録書類を鞄へ入れた。


 十人が立ち上がる。


 結は水面用の機材ケースを持つ。陽と渚が共有用具の箱を受け取り、優奈と七海が発光設定機を分けた。


 心春は潮核の入った網袋を肩へ掛ける。


 三谷が最後に船を降りた。


「先に登録だ」


 十人は岸壁を離れた。


 大会本部となる研修施設の前に、参加校の名前が掲示されている。入口を出入りする選手の胸には、それぞれ違う校章がついていた。


 受付の前で、遥香が書類を開く。


「三原中央高校です」


 担当者が名簿を受け取った。


「登録選手は十名で間違いありませんか」

「はい」

「当日の選手変更はありませんか」

「ありません」


 専用ドライスーツの登録番号が確認される。


 十人目の欄へ印が入った。


「登録完了です。組み合わせと試合区画をご確認ください」


 壁際の表示板が切り替わる。


 少し遅れて、遥香のスマートフォンが震えた。


【一回戦】


 三次高校-三原中央高校


【試合区画】


 伯方島沖 区画A


【集合】


 九時


 結が画面を見た。


「三次」


 花も表示板へ顔を向ける。


「初めてじゃね」

「はい」


 遥香が大会資料を開く。


 三谷は出口へ向かった。


「相手はあとだ。先に区画を見るぞ」


 遥香は資料を閉じた。


「行きましょう」


 必要なものだけを持ち、大会運営の連絡船へ乗る。


 岸壁が離れ、島と島の間へ出た。


 水面には細い筋が走っている。向きの違う潮流が重なり、海の色が途中で変わっていた。


 伯方島の岸が近づく。


 海沿いの道を進むと、黄色い浮標が見えた。


 区画A。


 船折瀬戸から外れた海域に、競技区画が置かれている。

 沖側の浮標に沿って、速い潮流が横切っていた。

 水面の泡が、一番浮標から四番浮標まで止まらずに流れていく。


 岸寄りには岩礁がある。


 その内側では、沖側とは逆を向く弱い潮流が、黄色いロープの内側へ細く伸びていた。


 十人が岸沿いへ散った。


 結は入水場所から水面担当の位置まで歩く。


 陽は沖側と岸側を交互に見た。


 花と渚はゴールゾーン側へ向かう。


 芽衣は階段の手すりへ左手を置き、水面までの高さを確かめた。


 優奈は区画の反対側を見ている。


 同じ学校名の鞄を持った選手たちが、向こう岸にもいた。


「三次高校かな」


 隣へ来た七海が聞く。


「たぶん」

「見に来るんじゃね」

「うちらも来とるじゃん」


 二人は海へ顔を戻した。


 反対側の選手が、水面へ小さな浮きを落とす。


 沖側の潮流へ入った途端、浮きが横へ運ばれた。別の選手は岩礁の内側へ移り、水の向きを確かめている。


 凪は沖側の泡を追った。


 一番浮標。


 二番。


 三番。


 速度は落ちない

 岸寄りへ移る。


 岩礁の内側では、泡が逆へ進んでいた。弱い潮流は途中で細くなりながら、二番浮標の内側まで残っている。


「見えますか」

 遥香が横へ来た。

「沖が速い」

「岸側は?」

「向きが違う。弱いけど、内側に残る」

 遥香は二つの潮流を見比べた。

「四つとも追えますか」

「追わない方がいい」

「沖側ですか」

「乗った一つは」

 四番浮標の先で、泡が黄色いロープの外へ抜けた。

「追ったら、戻るのに時間がかかる」

 遥香が頷く。

「明日の朝も確認します」

「うん」


 沖を船が通った。


 船尾の波が遅れて区画へ入り、岸寄りの弱い潮流を崩した。岩礁の内側で、泡の向きが乱れる。


 結が戻ってくる。


「今は端まで声が届く。でも、船が増えたら、横波で消えるかも」

「朝、もう一度お願いします」

 花と渚も、ゴールゾーン側から戻った。

「沖側の方が深い」

 花が海を指す。

「岸側は?」

「岩礁に近い分、入る場所が狭い」

 陽は二番浮標の内側を見た。

「四人だと詰まる」

 遥香は区画を見渡した。

「宿へ戻って、三次高校の資料を確認します」

「第一ピリオドは?」

 花が聞く。

「明日の海を見てから決めます」

「分かった」


 * * *


 宿の机に、大会資料が広がっていた。


 三次高校。


 地区予選では失点が少ない。

 選手交代も少なく、同じ五人の名前が各ピリオドへ並んでいた。


「最後まで崩れんチームなんじゃね」


 結が記録を見る。

 陽の指が、後半の失点欄で止まった。


「増えてない」


 遥香が資料を閉じる。


「明日も同じ五人とは限りません」


 凪は窓の外へ顔を向けた。

 建物の間に、海が少しだけ見えている。


「朝の海、まだ見てない」


 遥香は資料を重ねた。


「明日、決めます」


 話はそれで終わった。


 * * *


 翌朝。


 区画Aの沖側を、前日とは逆の向きへ潮流が走っていた。


 速さは変わらない。


 四番浮標から一番浮標へ、泡が横切っていく。


 岸寄りでは、岩礁に沿う弱い潮流が反対へ伸びている。二つの潮流の間は、昨日より狭かった。


 凪は階段から海へ入った。

 右足を一段下へ置く。


 水が膝を越える。


 ふくらはぎに張りはない。


 もう一段。


 岸寄りの潮流が右脛へ張りつき、横へ押した。


 三原港では受けない角度だった。


 足元を浅く通る水とは別に、その下では沖側の速い潮流が引いている。


「どうですか」


 遥香が岸から聞いた。


「昨日より、間が狭い」

「岸側は使えますか」

「使える。深くしたら沖へ出る」


「沖側は?」

「追わない」


 遥香は一番浮標へ流れる泡を見た。


「分かりました」


 凪が階段を上がる。


 用具置き場の前に、十人が集まった。


 三次高校の選手たちも、反対側でドライスーツへ着替えている。青い発光ラインは、まだ消えたままだった。


 遥香が結を見る。


「声は届きますか」

「今なら届く」

「第一ピリオドは、私が水面へ入ります」


 結は機材を遥香へ渡した。


「分かった」


 遥香が全員へ向き直る。


「第一ピリオドは、この五人で行きます」


 風が登録証の端を揺らした。


「凪さん、優奈さん、七海さん、心春さん」

 四人は頷く。


 遥香は自分の胸へ手を置いた。


「水面は私です。沖へ乗った一つは追いません。岸側の三つを使います」


 赤いドライスーツの五人が、区画へ入る。

 水が胸まで上がった。


 七海が一度、息を吐く。


 優奈は三次高校の配置を見る。


 心春が岸寄りの潮流へ足を置いた。


 凪は右足で海底を押す。


 横から来た水が、ドライスーツの脛を引いた。


 開始位置へ進む。

 反対側から、三次高校の五人が入った。


 青いドライスーツが、区画の外側へ並ぶ。

 水面へ、四つの潮核が置かれた。


 どれも、まだ光っていない。


 審判が片手を上げる。


 赤い五人。

 青い五人。


 手が下りる。


 第一ピリオド開始の笛が鳴った。

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