表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮球  作者: カミツキ
3年目の海

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/90

第85話 花のいない海

 太鼓の音が、三原港まで届くようになっていた。


 三つ続いて、止まる。


 浮標を結ぶロープが水面で揺れ、遅れて同じ音を返した。

 軒下には、九人分の鞄が並んでいる。

 いつも先に置かれている花の鞄だけがなかった。


 遥香がスマートフォンを見せる。


「花さんは、町内会の準備が終わってから来ます」


 画面には、短い文が残っていた。


 太鼓運ぶけえ、先に始めといて。

 終わったら行く。


 結が読み上げる。


「海でも町でも力仕事じゃね」

「手伝いに行かなくていいんですか」

 渚が聞いた。

「町内会の方がいるそうです。私たちは先に始めます」

 遥香は四つの潮核を網袋から出した。

「前の練習では、得点したあとに一つ外へ出しました。花さんが来るまで、そこだけ確認します」

「青は四人?」

 結が海を見る。

「はい。赤組が得点したあとは、残る三つを区画外へ出してください。青組は得点を狙いません」

「守って、外へ出すだけ?」

「お願いします」


 遥香が水面へ残る。


 芽衣、優奈、七海、心春が赤い設定へ切り替えた。


 凪、結、陽、渚は青。


 凪の右ふくらはぎには、まだ一本だけテープが残っている。足首を回しても、引かれる感じはなかった。


 強く蹴らなくても、潮核を外へ出す方法はある。

 岸壁から戻る水が、二番浮標の下へ入っていた。

 凪はそこへ向かう。


 四つの潮核が水面へ放たれた。


「始めます」


 笛が鳴った。


 七海が一度だけ全体を見て、中央へ入る。陽がいない分、最初の進路は塞がれない。それでもすぐには潮核を拾わず、結を外側へ引いた。


 優奈は凪と渚の向きを見る。沖側の一つを追わないと決め、浮上した。


「沖を捨てます」

 七海の頭が水面へ出る前に、遥香は沖側へ体を向けていた。

「七海さん、沖は追わないでください!」


 七海は中央へ戻る。

 その内側で、芽衣が低い潮核を左手に取った。手足と胸に赤い線がつく。


 心春は芽衣の後ろへ行かない。


 斜め前。


 芽衣が左手を開く。潮核は水面へ浮かず、心春の前へ流れた。


 心春が受け取る。

 手。足。胸。

 赤い発光ラインがついた。


 ゴールゾーンへ入る前に、渚が心春の正面へ回る。心春は渚だけを見て、伸びてきた右手と反対側へ体を沈めた。


 渚の指先が胸の線を外れる。


 心春の赤い光が、ゴールゾーンへ入った。


 ブザーが鳴る。


 七海は両手を上げなかった。

 すぐに別の潮核へ向きを変える。


 遥香の声が飛ぶ。

「残り、三つ!」


 凪は二番浮標へ流れていた一つに触れた。青い線が一瞬つき、潮核が岸壁から戻る水へ落ちる。

 このままなら、浮標の下を抜ける。


 優奈が先に入った。

 潮核ではなく、凪の足元を見ている。戻る水の先へ回り、区画を出る前に軌道を押し返した。


 芽衣は得点した心春の戻る側を空け、自分は中央へ向かう。七海が結を追い、心春もゴールゾーンから浮上すると、そのまま三つ目へ入った。


 陽が二つ目を外へ運ぼうとする。


 七海が正面を狭めた。陽が流す先へ芽衣が入り、潮核を浮標の内側へ残す。


 三つとも、黄色いロープを越えなかった。


 遥香の笛が鳴る。


「上がってください」


 九人が水面へ戻った。

 七海は浮標の外を見回す。


「出てないですよね」

「出ていません」

 遥香が答えた。

「やった」

「次もお願いします」

「もう一回やります?」

「花さんが来たら五対五にします」

 七海が港側へ顔を向ける。

「まだですかね」

「来ています」

 岸壁の階段に、花が立っていた。

 鞄を肩へ掛けたまま、海を見ている。手首には、ビニール紐が食い込んだ赤い跡が残っていた。


「花先輩!」


 七海が手を上げる。

 花は返さなかった。


 心春が別の潮核へ向かい、優奈が網袋を受け取る。芽衣は低い位置に残った潮核を左手で岸へ流した。


 誰も止まっていない。

 花は階段を下りた。


「終わった?」

「今から五対五です」

 遥香が答える。

「間に合ったじゃん」

 花が赤組の方へ歩く。

「花さんは、結さんたちの側へお願いします」

「うち、止める方?」

「はい」

「今来たのに?」

「花さんが相手にいても、同じ動きができるか確認します」

 花が芽衣たちを見る。


 七海はゴーグルの曇りを拭き、優奈は四つの潮核を並べ直している。心春は花の方を見ながら、足元の発光設定を確かめていた。


「なら、取らせんよ」

「お願いします」


 花は鞄を置き、ドライスーツのファスナーを上げた。


 赤組は、遥香が水面。芽衣、優奈、七海、心春が水中へ入る。

 青組は、結が水面。凪、花、陽、渚が浮標の内側へ向かった。


 四つの潮核が入る。


 七海が一度だけ周囲を見て、岸壁側へ動いた。


 陽が追う。


 優奈は青組の配置を見る。凪は沖側の戻りへ入り、渚は中央。花だけがゴールゾーン側へ下がっている。


 優奈が浮上した。


「遥香さん、沖を捨てます」

「分かりました」

 遥香は七海の次の浮上位置を待つ。

「七海さん、沖は追わないでください!」


 七海は岸壁側へ戻り、陽を浮標の外側へ連れていった。

 芽衣が中央の潮核へ入る。


 左手で拾う。

 手足と胸に赤い発光ラインがついた。


 花が前へ出る。

 芽衣は花が触れるまで待たない。斜め前にいる心春へ、低く流した。


 赤い線が芽衣から消える。

 心春が受け取った。

 新しい赤が、手足と胸につく。


 花の右手が、心春の足へ触れた。


 一秒。


 心春はゴールゾーンを見ない。


 優奈の方が近い。

 左手で潮核を押し出す。花の手が足から離れ、赤い発光ラインが消えた。


 二秒になる前だった。


 優奈が受け取る。

 手足と胸が赤く光る。

 花が向きを変えた。


 優奈の正面へ入る。

 優奈は花だけを見る。


 右手。


 花が胸の発光ラインへ伸ばしてくる。

 優奈は左へ逃げない。花の右肩が開いた側へ、体を沈めた。


 花の指先が胸の線を外れる。

 その先には凪がいた。


 岸壁から戻る水が、優奈の腰を押し上げる。低く入ったはずの体が半分浮き、ゴールゾーンへ伸ばした左手が止まった。


 凪は浮いた位置を先に取る。


 優奈が潮核を抱え直す前に、手のひらで下へ落とした。青い線が一瞬つき、潮核が二人の間から外れる。


 花が拾う。


 手足と胸に青い発光ラインがついた。

 赤組の攻撃は切れた。


 それでも、七海は止まらなかった。


 花を追わず、残る潮核へ向きを変える。心春が優奈の戻る場所へ入り、芽衣は中央を空けた。優奈も浮上すると、花が持つ一つではなく、その先の三つを見た。


 結の声が水面から飛ぶ。


「花、中央!」


 花が中央へ流す。

 そこへ陽が入る前に、七海が進路を狭めた。潮核が外へずれ、心春の前へ入る。


 心春は抱えない。

 芽衣へ戻す。


 凪が二人の間へ入った。

 潮核を手の甲で押し上げる。青い線が一瞬つき、潮核は水面近くへ浮いた。


 優奈が追う。


 今度は水だけを見ない。凪の次の位置を確かめ、届く前に潮核を七海へ流した。

 赤い線が優奈から消え、七海の手足と胸につく。


 花が戻る。

 陽も内側へ入った。


 七海はゴールゾーンまで進めない。二人が閉じる前に潮核を手放し、別の一つへ向かった。


 入らない。

 それでも、切れない。


 遥香の笛が鳴った。


「今日はここまでです。上がってください」


 発光ラインが消える。


 花は水面へ顔を出し、七海たちを見る。

 七海は息を整えると、先に聞いた。


「入らんかった」

「うちがおるんじゃけ、簡単に入れさせんよ」


 花が返す。

 心春が階段へ向かいながら顔を上げる。


「でも、花ちゃんに触られる前に渡したよ」

「二秒も持っとらんかったじゃろ」

「触られたら離せって言われたけえ」

「次は受ける前に触る」

 優奈がゴーグルを額へ上げた。

「次は、凪先輩の位置も先に見ます」

「うちの次は凪?」

「両方見たら遅れるので、順番です」

 花が凪を見る。

「優奈、遥香みたいになってない?」

「少し似てきた」

 凪が答えた。

「どこがですか」

 遥香が岸から聞く。

「聞いとったん?」

「聞こえました」

 結が笑いながら網袋を持ち上げる。

「片付けるよ。花、また太鼓あるんじゃろ」

「うん」


 花は水から上がった。

 九人で始めた練習区画に、十人分の足跡が残った。


 * * *


 駅前で凪たちと別れ、花は芽衣と心春を連れて町内会の集会所へ向かった。


 曲がり角を一つ越えるたび、太鼓が近くなる。

 開いた窓から、掛け声が漏れていた。


「花ちゃん、遅いよ」

「部活じゃったんよ」


 入口にいた女性が、床へ置かれた太鼓台を指す。


「それ、奥へ運んで。あと子どもの列も見てやって」

「分かった」


 花は鞄を壁際へ置いた。


 手首の紐の跡へ、太鼓台の木が当たる。握り直し、反対側を持った大人と一緒に部屋の中央へ運んだ。

 芽衣は窓際の列へ入る。


 心春は小学生の隣で、見よう見まねに腕を上げていた。


「心春、逆」

「どっちが?」

「そっちの手」

「花ちゃんから見たら逆じゃろ」

「自分から見ても逆」

 心春が両手を見た。

「難し」

「まだ太鼓鳴っとらんじゃろ」


 花は列の前へ回る。

 足の位置を直し、子ども同士の間を一人分空けた。後ろの列が見えるまで、半歩ずつ横へずらす。


「花ちゃん、こっちも見て」

 別の声が飛ぶ。

「今行く」


 壁際には、折り畳み椅子が重ねられていた。

 金属の背が六つ。

 花の指が、一番上の椅子に触れる。


「花ちゃん、始めるよ」

 手を離す。

「うん」


 花が列の先へ入った。

 壁際の椅子は、重なったまま。


 太鼓が鳴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ