第81話 次の光
遥香は、四つの丸のうち一つを消した。
「見る方ではなく、捨てる方を決めてください」
第3ピリオド。
新しい四つの潮核が区画へ入った。
忠海中央の四人が、それぞれ別の潮核を拾う。中央、沖側、島影の手前、南側の収束流。四か所で青い発光ラインがついた。
光っていない一人が、岩礁へ向かう。
凪は四つの青を見た。
沖側の持球者は弱流へ入っている。ゴールゾーンへ向かわず、浮標の外側へ体を向けていた。
島影へ入る選手も、沖側を見ない。
凪は水面へ顔を出した。
「結、沖は捨てる」
結が頷いた。
次に、花が息継ぎへ上がる。
「花、沖は追わんで!」
結の声を受け、花が沖側から中央へ戻った。陽は島影の内側へ入り、渚が収束流の出口を塞ぐ。
三原中央の四人が、残る三つへ集まった。
島影側の持球者が潮核を離す。青い発光ラインが消え、潮核だけが岩礁の横へ流れた。
凪には、受け手が出る場所が見えていた。
右足を一度だけ強く蹴る。
ふくらはぎが硬くなるより先に、体が島影の出口へ入った。
受け手の手が伸びる。
その下へ、凪の指先が触れた。
手と足と胸に赤い線が一瞬つき、潮核の軌道が中央へ変わる。
陽が受け取った。
赤い発光ラインが手足と胸に走る。
忠海中央の上級生が正面へ入った。
陽は進まない。
島影から戻る水が相手の肩を押すまで、潮核を胸元へ残す。
半歩。
空いた内側へ入った。
伸びてきた手が足へ触れる前に、陽が体を沈める。
赤い発光ラインがゴールゾーンへ入った。
得点ブザーが鳴る。
スコア:忠海中央高校 1-三原中央高校 2
残る三つの潮核へ、両校が散った。
陽はゴールゾーンの下から中央へ戻る。花も次の青へ向かった。
凪は右足を伸ばした。
ふくらはぎは、まだ硬いままだった。
沖側の潮核は、浮標の内側に残っている。
忠海中央の持球者が手を離しても、弱流の中でほとんど動かなかった。
みなみが島影の手前に立つ。
右足が止まった。
一秒。
みなみは沖側を見ない。
凪は水面へ顔を出した。
「結、沖は捨てる」
結が沖側を確認する。
花が次の息継ぎへ上がった。
「花、沖は追わんで!」
花は沖側へ向かわず、陽と中央に残った。渚も収束流から島影側へ戻る。
凪が潜り直す。
その直後、みなみの顔が沖側へ動いた。
一度だけ。
右足が岩礁の陰へ入る。
浮標の内側に残っていた潮核が、岩礁沿いの戻りに押された。弱流を外れ、島影の奥へ向かう。
みなみが沈んだ。
潮核を受け取る。
右手。
両足。
胸。
島影の奥で、青い発光ラインがついた。
凪は右足を蹴る。
ふくらはぎが縮んだまま、戻らない。
さっきほど進まなかった。
左足で水を押す。両腕を伸ばす。それでも、みなみまで半歩足りない。
みなみは潮核を抱え直さなかった。左腕と胸で挟んだまま、岩礁から戻る水へ体を預ける。
花が外側から近づく。
その前に、青い発光ラインがゴールゾーンへ沈んだ。
得点ブザーが鳴る。
スコア:忠海中央高校 2-三原中央高校 2
みなみは浮上すると、一度だけ沖側を見た。
凪も水面へ顔を出す。息を入れ、残る潮核へ戻った。
捨てた場所は合っていた。
捨てたままになるかどうかを、外していた。
残る二つの潮核では、どちらも得点へ届かなかった。
花が三秒を取り、陽がゴールゾーンの内側を塞ぐ。渚は収束流から押し出された潮核の軌道を外へ変えた。
第3ピリオド終了のブザーが鳴る。
スコア:忠海中央高校 2-三原中央高校 2
凪が岸へ上がると、右足の裏が一度滑った。
花が腕を伸ばすより先に、凪は左足で立つ。
「まだ行ける?」
「行ける」
遥香が凪の右足を見た。
「強く蹴れるのは、あと何回ですか」
「分かりません」
「では、次は強く蹴らないでください」
「それだと、届く場所が減る」
「減らしてください」
凪は右足の踵を地面へつけた。
優奈がノートを開く。
【本当に捨てた潮核】
【あとで使った潮核】
「違いがありました」
優奈は、沖側の丸へ短い線を足した。
「今まで、本当に捨てた時は誰も見てません」
「さっきは?」
結がタオルを頭へかぶせたまま聞く。
「久野さんが一回だけ見ました。島影へ入る前です」
「止まった時?」
「はい。入る場所だけじゃなくて、潮核が残っているかも確認してます」
凪は、みなみが止まった一秒を思い出した。
岩礁。
浮標。
流れる泡。
最後に、捨てたはずの潮核。
「一人でも見たら、まだ使う可能性があります」
優奈の指が、線のない丸へ移る。
「誰も見なかったら?」
「今までは、戻してません」
遥香は陽の磁石を外し、芽衣へ替えた。
「陽さんは、ここまでです」
陽は頷き、ゴーグルを外した。
続けて、遥香の手が渚の磁石へ伸びる。
「渚さんも、ここまでです」
「まだ入れる」
「分かっています。でも、第4ピリオドは優奈さんに替えます」
渚が優奈を見た。
「優奈の方が見えとる?」
「忠海中央が見ている場所は、私の方が見えています」
渚は海へ顔を向けた。
「島影の出口は三つ。収束流に入ったあと、岩側へ戻るのが遅くなる」
「はい」
「水が止まったように見えても、足は流される」
「それも見てました」
渚はゴーグルを外した。
「なら、任せる」
遥香が優奈の磁石を置く。
第4ピリオドは、凪、花、芽衣、優奈、結。
「芽衣は、高い潮核を取りに行かないでください」
「左手で届く高さだけ?」
「はい。低いままつないでください」
遥香は四つの赤い磁石を水中へ並べ、結の磁石だけを水面へ残した。
「四つとも取れた時だけ、結さんは島影へ入ってください」
「うちが?」
「四人が光れば、忠海中央は水中を見ます」
「入れんかったら?」
「やりません」
凪は区画図の弱流を指した。
「入るなら、ここ。岩礁の横から戻る水に乗って」
「泳がんでええ?」
「最初だけ。あとは沈めば届く」
結は区画図を見た。
「声は?」
「四つ取れたら、止めてください」
遥香が四つの赤い磁石へ目を落とす。
「次は、結さんが光る番です」
第4ピリオド開始の笛が鳴った。
新しい四つの潮核が区画へ入る。
忠海中央の四人が先に触れた。
中央、沖側、岩礁側、収束流。四か所に青い発光ラインがつく。
光っていない一年生が、島影の手前へ向かった。
凪は潮核だけを見ない。
無発光の選手が、どこを見るかを追う。
中央の持球者が潮核を離した。
青い発光ラインが消える。
潮核は弱流へ入り、浮標の内側で速度を落とした。
忠海中央の五人が、全員そこから顔を外す。
優奈が息継ぎへ上がった。
「結さん、中央、誰も見てません」
結が頷く。
次に凪の顔が水面へ出た。
「凪、中央は追わんで!」
結の声を受け、凪は中央へ行かなかった。
花は岩礁側の持球者へ触れ、芽衣がその内側へ入る。優奈は島影から出る選手の正面に残った。
中央の潮核は、浮標の内側に残る。
忠海中央は戻ってこない。
残る三つへ人数を使っても、相手の形は崩れなかった。
無発光の選手が島影へ入る。別の青が消え、その先で新しい青がつく。
花が三秒を取り、芽衣が左手で落ちた潮核を外へ押した。
凪は右足を強く蹴らない。
左足と両腕で島影の出口へ入る。届かない場所は花と優奈へ残した。
優奈は相手の顔を見る。潮核を見る。もう一度、相手の顔へ戻る。
忠海中央の上級生が、岩礁側へ潮核を流した。
無発光の選手が一度だけそちらを見る。
「まだ使います!」
優奈の声が水面へ出る。
結は、次に息継ぎへ上がった花へ叫んだ。
「花、岩側は残っとる!」
花が進路を変える。
岩礁側で青い発光ラインがつく前に、正面へ入った。
得点は動かない。
凪の右足は、左足の後ろからついてくるだけになった。
花の接触は、二秒を越えるたびに肩が沈む。芽衣の右腕も、胸より上には上がらない。
それでも、中央に残した潮核へ忠海中央は目を向けなかった。
試合時間が減っていく。
岩礁側で、花の手が青い発光ラインへ触れた。
一秒。
二秒。
三秒。
青が消える。
落ちた潮核を、芽衣が左手で拾った。胸より下へ抱え、手足と胸に赤い線をつける。
島影では、忠海中央の持球者が潮核を横へ流した。
凪は右足を使わない。
岩礁から返る水へ左肩を入れ、受け手より先に軌道へ入った。
潮核が胸元へ当たる。
両腕で抱えた。
赤い発光ラインがつく。
優奈は中央へ顔を向けた。
誰も見ていない潮核が、まだ浮標の内側に残っている。
そこへ向かった。
右手が届く。
手。
足。
胸。
三つ目の赤がついた。
残る一つを、忠海中央の上級生が抱えている。
花が追う。
収束流が二人の腰を同じ方向へ引いた。花の手が足の発光ラインへ重なる。
一秒。
持球者が体を返す。花の肩も引かれる。
二秒。
花は足首を追わず、膝の内側へ手を滑らせた。
三秒。
青い発光ラインが消えた。
落ちた潮核を、そのまま花が抱える。
四か所に、赤い発光ラインがついた。
凪。
花。
芽衣。
優奈。
結だけが光っていない。
忠海中央の五人が、四つの赤を見る。
結は叫ばなかった。
水面で一度だけ息を吸う。
岩礁に沿って、島影へ潜った。
凪の正面へ、忠海中央の上級生が入る。
花の足には別の手が伸びた。
優奈が潮核を抱えると、二人の視線がそちらへ向く。
優奈は運ばない。
赤く光ったまま、その二人を引きつける。
芽衣は右肩を上げなかった。
左手で抱えた潮核を、胸より下へ落とす。
弱流へ流した。
芽衣の手足と胸から赤い光が消える。
潮核だけが、島影の奥へ入った。
結の左手が触れる。
手。
足。
胸。
新しい赤がついた。
忠海中央の選手が振り返る。
みなみだった。
水面に結がいない。
みなみが島影へ入る。
結は速く泳がない。。
弱流の中で膝を曲げ、潮核を胸へ抱えた
みなみの手が右足の発光ラインへ触れる。
一秒。
結は逃げなかった。
岩礁から戻る水が背中へ当たる。体が前へ押され、ゴールゾーンの端が下に見えた。
両腕で水を押す。
二秒になる前に、赤い発光ラインが沈んだ。
得点ブザーが鳴る。
スコア:忠海中央高校 2-三原中央高校 3
結はすぐに水面へ上がった。
息を吸う。
残る三つの潮核は、まだ三原中央が持っている。
忠海中央の選手が凪へ触れる。花へ二人が寄る。優奈の正面にも青いスーツが入った。
凪は右足を使わず、潮核を区画の外側へ流す。赤い発光ラインが消えた。
花も二秒になる前に潮核を離す。
優奈だけが持ち続ける。
忠海中央の上級生が足へ触れた。
一秒。
優奈は結を見るために浮上しない。
正面の選手がどこを見たかだけを追う。
視線が岩礁側へ動いた。
優奈は潮核を反対へ流した。赤い発光ラインが消える。
忠海中央が追う。
みなみが島影へ向かった。
今度は、右足を止めない。
結が水面から叫ぶ。
「岩側!」
花が息継ぎから潜り、持球者の足へ触れた。
一秒。
芽衣が低く落ちた潮核へ左手を入れる。
二秒。
凪は別の潮核を追わない。
三秒。
青い発光ラインが消えた。
試合終了の笛が鳴る。
スコア:忠海中央高校 2-三原中央高校 3
水面へ上がった凪は、右足を動かさなかった。
花が息を吐く。芽衣は右肩を水から出さず、左手で浮標を掴んだ。
優奈は島影と忠海中央の選手を交互に見たまま、笛が鳴ったことに一拍遅れて気づいた。
結が水面に浮いたまま、岸を見る。
「今年も行けるん?」
遥香が端末を確認した。
【2位 三原中央高校 5勝1敗】
「地区大会、進出です」
結が両手で水を叩いた。
「行けるんじゃ!」




